・・・肩も脛も懐も、がさがさと袋を揺って、「こりゃ、何よ、何だぜ、あのう、己が嫁さんに遣ろうと思って、姥が店で買って来たんで、旨そうだから、しょこなめたい。たった一ツだな。みんな嫁さんに遣るんだぜ。」 とくるりと、はり板に並んで向をかえ、・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・……歯が鳴り、舌が滑に赤くなって、滔々として弁舌鋭く、不思議に魔界の消息を洩す――これを聞いたものは、親たちも、祖父祖母も、その児、孫などには、決して話さなかった。 幼いものが、生意気に直接に打撞る事がある。「杢やい、実家はどこだ。・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・鳥か、獣か、それともやっぱり土蜘蛛の類かと、訪ねると、……その頃六十ばかりだった織次の祖母さんが、「あれはの、二股坂の庄屋殿じゃ。」といった。 この二股坂と言うのは、山奥で、可怪い伝説が少くない。それを越すと隣国への近路ながら、人界・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・越後巫女は、水飴と荒物を売り、軒に草鞋を釣して、ここに姥塚を築くばかり、あとを留めたのであると聞く。 ――前略、当寺檀那、孫八どのより申上げ候。入院中流産なされ候御婦人は、いまは大方に快癒、鬱散のそとあるきも出来候との事、御安心下さ・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・おつかいものは、ただ煎餅の袋だけれども、雀のために、うちの小母さんが折入って頼んだ。 親たちが笑って、「お宅の雀を狙えば、銃を没収すると言う約条ずみです。」 かつて、北越、倶利伽羅を汽車で通った時、峠の駅の屋根に、車のとどろくに・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・中仕切の暖簾を上げて、姉さんだか、小母さんだか、綺麗な、容子のいいのが、すっと出て来て、「坊ちゃん、あげましょう。」と云って、待て……その雛ではない。定紋つきの塗長持の上に据えた緋の袴の雛のわきなる柱に、矢をさした靱と、細長い瓢箪と、霊芝の・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・「お姥さん、見物をしていますよ。」 と鷹揚に、先代の邸主は落ついて言った。 何と、媼は頤をしゃくって、指二つで、目を弾いて、じろりと見上げたではないか。「無断で、いけませんでしたかね。」 外套氏は、やや妖変を感じながら、・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・色の腕までの手袋を嵌めた手に、細い銀煙管を持ちながら、店が違いやす、と澄まして講談本を、ト円心に翳していて、行交う人の風采を、時々、水牛縁の眼鏡の上からじろりと視めるのが、意味ありそうで、この連中には小母御に見えて―― 湯帰りに蕎麦で極・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・ この無遠慮な小母さんに、妹はあっけに取られたが、姉の方は頷いた。「はい、お煎餅、少しですよ。……お二人でね……」 お駄賃に、懐紙に包んだのを白銅製のものかと思うと、銀の小粒で……宿の勘定前だから、怪しからず気前が好い。 女・・・ 泉鏡花 「若菜のうち」
・・・まかせにした方がと云って人にたのんで橋をかけてもらい世を渡る事が下手でない聟だと大変よろこび契約の盃事まですんでから此の男の耳の根にある見えるか見えないかほどのできもののきずを見つけていやがり和哥山の祖母の所へ逃げて行くと家にも置かれないの・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
出典:青空文庫