・・・ 炊事場の取締りをやっている肥った小母さんが自分を見て、「どうです? われわれの産院は?」 それから満足そうに笑いながらつけ足した。「御馳走を一つたべて見ませんか?」 コンクリートの廊下を戻って来ると、一つの室のドアが開・・・ 宮本百合子 「モスクワ日記から」
・・・ 宇平の姉りよは叔母婿原田方に引き取られてから、墓参の時などには、樒を売る媼の世間話にも耳を傾けて、敵のありかを聞き出そうとしていたが、いつか忌も明けた。そこで所々に一二箇月ずつ奉公していたら、自然手掛りを得るたつきにもなろうと思い立っ・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・次に赤坂の堀と云う家の奥に、大小母が勤めていたので、そこへ手伝に往った。次に麻布の或る家に奉公した。次に本郷弓町の寄合衆本多帯刀の家来に、遠い親戚があるので、そこへ手伝に往った。こんな風に奉公先を取り替えて、天保六年の春からは御茶の水の寄合・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・おばあ様とは、桂屋にいる五人の子供がいつもいい物をおみやげに持って来てくれる祖母に名づけた名で、それを主人も呼び、女房も呼ぶようになったのである。 おばあ様を慕って、おばあ様にあまえ、おばあ様にねだる孫が、桂屋に五人いる。その四人は、お・・・ 森鴎外 「最後の一句」
・・・少年の読む雑誌もなければ、巌谷小波君のお伽話もない時代に生れたので、お祖母さまがおよめ入の時に持って来られたと云う百人一首やら、お祖父さまが義太夫を語られた時の記念に残っている浄瑠璃本やら、謡曲の筋書をした絵本やら、そんなものを有るに任せて・・・ 森鴎外 「サフラン」
・・・「姥竹かい」と母親が声をかけた。しかし心のうちには、柞の森まで往って来たにしては、あまり早いと疑った。姥竹というのは女中の名である。 はいって来たのは四十歳ばかりの男である。骨組みのたくましい、筋肉が一つびとつ肌の上から数えられるほど、・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・ 石川が大番頭になった年の翌年の春、伊織の叔母婿で、やはり大番を勤めている山中藤右衛門と云うのが、丁度三十歳になる伊織に妻を世話をした。それは山中の妻の親戚に、戸田淡路守氏之の家来有竹某と云うものがあって、その有竹のよめの姉を世話したの・・・ 森鴎外 「じいさんばあさん」
・・・ お豊さんは尉姥の人形を出して、箒と熊手とを人形の手に挿していたが、その手を停めて桃の花を見た。「おうちの桃はもうそんなに咲きましたか。こちらのはまだ莟がずっと小そうございます」「出かけに急いだもんですから、ほんの少しばかり切らせて・・・ 森鴎外 「安井夫人」
・・・あのね、小母さんはまだこれから寝なくちゃならないのよ。あちらへいってらっしゃいな。いい子ね。」 灸は婦人を見上げたまま少し顔を赧くして背を欄干につけた。「あの子、まだ起きないの?」「もう直ぐ起きますよ。起きたら遊んでやって下さい・・・ 横光利一 「赤い着物」
・・・「あかんのや、あかんのや、もうそんなことして貰うたて。」と安次は云って押し返した。 しかし、お留は無理に紙幣を握らせた。「薬飲んでるのか?」「いいや、此の頃はもう飲みとうない。」「叔母やん、秋がさっき来てな、安次を俺とこへ置・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫