・・・するとここにまた思いもよらない不思議が起ったと申しますのは、春日の御社に仕えて居りますある禰宜の一人娘で、とって九つになりますのが、その後十日と経たない中に、ある夜母の膝を枕にしてうとうとと致して居りますと、天から一匹の黒竜が雲のように降っ・・・ 芥川竜之介 「竜」
・・・ 笛吹は、こまかい薩摩の紺絣の単衣に、かりものの扱帯をしめていたのが、博多を取って、きちんと貝の口にしめ直し、横縁の障子を開いて、御社に。――一座退って、女二人も、慎み深く、手をつかえて、ぬかずいた。 栗鼠が仰向けにひっくりかえ・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ここの御社の御前の狛犬は全く狼の相をなせり。八幡の鳩、春日の鹿などの如く、狼をここの御社の御使いなりとすればなるべし。 さてこれより金崎へ至らんとするに、来し路を元のところまで返りて行かんもおかしからねばとて、おおよその考えのみを心頼み・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・「今の世の人、神の御社は寂しく物さびたるを尊しと思ふは、古の神社の盛りなりし世の様をば知らずして、ただ今の世に大方古く尊き神社どもはいみじくも衰へて荒れたるを見なれて、古く尊き神社は本よりかくあるものと心得たるからのひがごとなり。」 け・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・とか、風紀を名として何もかも暗中にやってのけて――諸君、議会における花井弁護士の言を記臆せよ、大逆事件の審判中当路の大臣は一人もただの一度も傍聴に来なかったのである――死の判決で国民を嚇して、十二名の恩赦でちょっと機嫌を取って、余の十二名は・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・神の御社を下に見ながら大きな御館の上を越して飛んでまいるうちに天気が急にかわっていかい大風になって参ったので小鳥はそのかくれ家を求めて居るとすぐそばに己れの飛んで居るより高い所にその梢のある大木が見つかったのでそこの葉かげに美くしい身をかく・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・「浮評に聞える御社はあのことでおじゃるか。見れば太う小さなものじゃ」「あの傍じゃ、おれが、誰やらん逞ましき、敵の大将の手に衝き入ッて騎馬を三人打ち取ッたのは。その大将め、はるか対方に栗毛の逸物に騎ッてひかえてあったが、おれの働きを心・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫