・・・近代的恋愛でしょうね? 保吉 さあ、それは疑問ですね。近代的懐疑とか、近代的盗賊とか、近代的白髪染めとか――そう云うものは確かに存在するでしょう。しかしどうも恋愛だけはイザナギイザナミの昔以来余り変らないように思いますが。 主筆 そ・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・これもそう無性に喜ぶほど、悪魔の成功だったかどうか、作者は甚だ懐疑的である。 芥川竜之介 「おぎん」
・・・ 答 予は常に懐疑主義者なり。 問 しかれども君は少なくとも心霊の存在を疑わざるべし? 答 諸君のごとく確信するあたわず。 問 君の交友の多少は如何? 答 予の交友は古今東西にわたり、三百人を下らざるべし。その著名なるも・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・現に商業会議所会頭某男爵のごときは大体上のような意見と共に、蟹の猿を殺したのも多少は流行の危険思想にかぶれたのであろうと論断した。そのせいか蟹の仇打ち以来、某男爵は壮士のほかにも、ブルドッグを十頭飼ったそうである。 かつまた蟹の仇打ちは・・・ 芥川竜之介 「猿蟹合戦」
・・・そして、輓近一部の日本人によって起されたところの自然主義の運動なるものは、旧道徳、旧思想、旧習慣のすべてに対して反抗を試みたと全く同じ理由に於て、この国家という既定の権力に対しても、その懐疑の鉾尖を向けねばならぬ性質のものであった。然し我々・・・ 石川啄木 「性急な思想」
・・・……御威勢のほどは、後年地方長官会議の節に上京なされると、電話第何番と言うのが見得の旅館へ宿って、葱のおくびで、東京の町へ出らるる御身分とは夢にも思われない。 また夢のようだけれども、今見れば麺麭屋になった、丁どその硝子窓のあるあたりへ・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・ その寂寞を破る、跫音が高いので、夜更に里人の懐疑を受けはしないかという懸念から、誰も咎めはせぬのに、抜足、差足、音は立てまいと思うほど、なお下駄の響が胸を打って、耳を貫く。 何か、自分は世の中の一切のものに、現在、恁く、悄然、夜露・・・ 泉鏡花 「星あかり」
・・・僕も承知しているのだ、今御膳会議で二人の噂が如何に盛んであったか。 宵祭ではあり十三夜ではあるので、家中表座敷へ揃うた時、母も奥から起きてきた。母は一通り二人の余り遅かったことを咎めて深くは言わなかったけれど、常とは全く違っていた。何か・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・ 世の中には行詰った生活とか生の悶えとか言うヴォヤビュラリーをのみ陳列して生活の苦痛を叫んでるものは多いが、その大多数は自己一身に対しては満足して蝸殻の小天地に安息しておる。懐疑といい疑惑というもその議論は総てドグマの城壁を固めて而して・・・ 内田魯庵 「二葉亭四迷」
・・・ 二葉亭は一時哲学に耽った事があったが、その哲学の根柢は懐疑で、疑いがあるから哲学がある、疑いがなくて仮定の名の下に或る前提を定めて掛るなら最うドグマであって哲学でないといっていた。が、一切の前提を破壊してしまったならドコまで行っても思・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
出典:青空文庫