・・・ロンドンの二ヵ月ちかい滞在が、わたしを回心しようのない折衷主義ぎらいにした。それは、偽善的である以外にありようのない本質のものであることを、わたしに見せた。「ワルシャワのメーデー」「スモーリヌイに翻る赤旗」そのほかは、かえって来てから一・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第八巻)」
・・・と云っておられるが、鴎外はこの佐橋の生涯の行きかた、それへの家康の忘れない戒心というものを、只、好みの人物という視点から扱ったのだろうか。 阿部彌一右衛門は、人間の性格的相剋を主従という封建の垣のうちに日夜まむきに犇めきとおして遂に、悲・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・ それから芸術的に言って、最も戒心のいるのは、アララギ流の儀礼による作歌の場合です。 この三つの点を相互に縫って流れているものの間に、こんにちのアララギ歌人すべての課題がひそんでいると感じます。現代は、アララギがかつて現代短歌史にわ・・・ 宮本百合子 「歌集『仰日』の著者に」
・・・それを、若い共産党青年の仲間が改心させるという主題を扱ってる。「ふーむ。主題はいいね!」 タラソフ・ロディオーノフは、さっき文学衝撃隊組織について論じてたときよりはグッとくだけて、親しみ深い同輩の口調で云った。「われわれの日常の・・・ 宮本百合子 「「鎌と鎚」工場の文学研究会」
・・・一人二人の校長の狂信めいた昨今のものの見かたそのものより、それは異常であるという事を当然忠告すべきであるのに、何となし淡白に云い出しかねさせる空気が社会にあることを重大に戒心しなくてはならないと思う。 もしそんな度はずれな思いつきが実現・・・ 宮本百合子 「今日の生活と文化の問題」
・・・によらなければならないとすれば、歴史小説における時空的な力の過度な評価ということは、益々戒心をもって省察されなければならなくなって来る。目前の事象の圧力が人間精神の自立性に対してそのように現われているとすれば、同時に現実は複雑だからそれへの・・・ 宮本百合子 「今日の文学の諸相」
・・・今日はその危険に対する自他ともの慎重な戒心が決して尠くてよい時期ではないのである。〔一九三七年十月〕 宮本百合子 「作家のみた科学者の文学的活動」
・・・額のかかっている応接間まで歩いて来られ、ラグーザ玉子が、老年なのに心から絵に没頭していて質素な生活に安らいでいることや、孝子夫人の心持をよろこんで、会心の作をわけたことを快よさそうに語られた。 ラグーザ玉子の画境は、純イタリー風で、やや・・・ 宮本百合子 「白藤」
・・・しかし、自然を教訓的に語るということには、やはり芸術家を戒心せしめる要素がある。 若い日のゲーテは、あのように活々と瑞々しく自然を感覚的に詩化した。老年に到って、社会生活の溌剌たる摩擦が身辺から次第に遠ざかり、彼に対する敬意から、誰も彼・・・ 宮本百合子 「藤村の文学にうつる自然」
・・・ 番頭がそう云って隠居の部屋へ挨拶に行く毎に、海老屋の年寄りは会心の笑を洩していたのである。 まったくおきまり通りになって来るわえ……。 年寄りの心には、ちょうど藪かげに隠れて、落しにかかる獣を待っている通りな愉快さが一杯になっ・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
出典:青空文庫