・・・トリラーの箇所は数条の波線が平行して流れる。 第二のテーマでは鉛直な直線の断片が自身に並行にS字形の軌跡を描いて動く。トリオの部分は概して水平な短い直線の断片が現われてそれがちょうど編隊飛行の飛行機が風に吹き散らされてでもいるような運動・・・ 寺田寅彦 「踊る線条」
・・・私はしばらく大阪の町の煤煙を浴びつつ、落ち着きのない日を送っていたが、京都を初めとして附近の名勝で、かねがね行ってみたいと思っていた場所を三四箇所見舞って、どこでも期待したほどの興趣の得られなかったのに、気持を悪くしていた。古い都の京では、・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・心理学の講筵でもないのにむずかしい事を申上げるのもいかがと存じますが、必要の個所だけをごく簡易に述べて再び本題に戻るつもりでありますから、しばらく御辛抱を願います。我々の心は絶間なく動いている。あなた方は今私の講演を聴いておいでになる、私は・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・火の粉を梨地に点じた蒔絵の、瞬時の断間もなく或は消え或は輝きて、動いて行く円の内部は一点として活きて動かぬ箇所はない。――「占めた」とシーワルドは手を拍って雀躍する。 黒烟りを吐き出して、吐き尽したる後は、太き火かえんが棒となって、熱を・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・という風な箇所だった。はじめから赤鉛筆を手にもって、べたスジをひくことにして読みはじめたものであることが一目瞭然であった。赤スジのないところには、文章さえのこっていないのだから、小説として発表が出来るわけもない。「その年」のようにおだやかな・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第五巻)」
・・・の失敗にふれている箇所である。当時、わたしは、この作品の失敗の理由を、大衆的なものがたり形式にせず小説とした点においている。しかし、こんにちになってみると、「ズラかった信吉」の失敗の原因は、単にそれだけではない。というよりも、その失敗にふく・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十巻)」
・・・ 花房は佐藤にガアゼを持って来させて、両手の拇指を厚く巻いて、それを口に挿し入れて、下顎を左右二箇所で押えたと思うと、後部を下へぐっと押し下げた。手を緩めると、顎は見事に嵌まってしまった。 二十の涎繰りは、今まで腮を押えていた手拭で・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
・・・「背中左之方一寸程突創一箇所、創口腫上り深さ相知不申、領に切創一箇所、長さ三寸程、深さ二寸程、同所下之方に切創一箇所、長さ一寸五分程、深さ六分程、左耳之脇に切創一箇所、長さ一寸、深さ六分程、右之肩より乳へ掛け一尺程切創一箇所、深さ四寸程、同・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・作品批評をする場合には、もちろん、作品が中心であるのだから、こんなことはどうでもよさそうなものであるが、作家の生活というところに中心をおけばそのような箇所から見ることも、これもどうしようもないことである。作家生活をしているうえは、その生活か・・・ 横光利一 「作家の生活」
・・・自分はここにその個所を紹介することによって右の書に対する関心を幾分かでもそそりたいと思う。 中世の末にヨーロッパの航海者たちが初めてアフリカの西海岸や東海岸を訪れたときには、彼らはそこに驚くべく立派な文化を見いだしたのであった。当時・・・ 和辻哲郎 「アフリカの文化」
出典:青空文庫