・・・事によるとこの人は東京駅員で昨夜当直をしたのが今朝有楽町辺の宿へ帰って行くのではないかという仮説をこしらえてみた。そう云えば新橋で下りる人もかなりあった。これもどういう人達か見当が付かない。 汚いなりをした、眼のしょぼしょぼした干からび・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・これはここの仮説を裏書する。 こんな事を考えていたのであるが、今年の夏房州の千倉へ行って、海岸の強い輻射のエネルギーに充たされた空間の中を縫うて来る涼風に接したときに、暑さと涼しさとは互いに排他的な感覚ではなくて共存的な感覚であることに・・・ 寺田寅彦 「さまよえるユダヤ人の手記より」
・・・ その翌日の正午ごろ自分たちの家の前を通っている電線に止まったとんぼを注意して見ると、やはりだいたい統計的には一定方向をむいているが、しかし、太陽に尻を向けるという仮説には全然適合しない方向を示していた。ちょうど正午であるから、たとえど・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
・・・かくのごとく直接観測し得らるべき与件の僅少な問題にたいしては種々の学説や仮説が可能であり、また必要でもある。ウェーゲナーの大陸漂移説や、最近ジョリーの提出した、放射能性物質の熱によって地質学的輪廻変化を説明する仮説のごときも、あながち単なる・・・ 寺田寅彦 「地震雑感」
・・・この仮説は非常なめんどうさえいとわなければ多くの実例について一々調査した上で当否を確かめ得られるであろうと思われる。 それにしてもまだどうにも説明のできないと思われるのは、自分の場合における次の実例である。 梨の葉に病気がついて黄色・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・あの男の顔つき目つきはこの仮説を支持するに充分なもののように思われた。そうだとすれば実にかわいそうな父子である。円タクでも呼んで乗せて送ってやってもしかるべきであったという気がした。 しかし、また考えてみると、近ごろ新聞などでよく、電車・・・ 寺田寅彦 「蒸発皿」
・・・ 誤解をなくするために断っておきたいと思う事は、左に地名と対応させた外国語は要するにこじつけであって、ただある一つの可能性を示唆し、いわゆる作業仮説としての用をなすものに過ぎないという事である。また例えばアイヌ語との関係を示しても、それ・・・ 寺田寅彦 「土佐の地名」
・・・それなら単なる道楽かというに、虫が道楽をするというのも受取りにくい仮説である。何かしらこの虫の生存に必需な生理的要求のために本能的にかじると考える外はないように思われる。 こんな疑問を起こしているうちに、妙なことを聯想した。 われわ・・・ 寺田寅彦 「鉛をかじる虫」
・・・少なくもこれが自分の現在の作業仮説である。「や」はその上にあるものと下に来るものとを対立させるための障壁である。句を読むものが舌頭に千転する間にこの障壁が消えて二つのものが一つになりいわゆる陪音が鳴り響く。「かな」は詠嘆の意を含む終止符であ・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・やはり一種の作業仮説である。雷電の現象は虎の皮の褌を着けた鬼の悪ふざけとして説明されたが、今日では空中電気と称する怪物の活動だと言われている。空中電気というとわかったような顔をする人は多いがしかし雨滴の生成分裂によっていかに電気・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
出典:青空文庫