・・・ ジュッ、ジュッ、堯は鎌首をもたげて、口でその啼き声を模ねながら、小鳥の様子を見ていた。――彼は自家でカナリヤを飼っていたことがある。 美しい午前の日光が葉をこぼれている。笹鳴きは口の音に迷わされてはいるが、そんな場合のカナリヤなど・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・しばらく見ていると、その青蛙はきまったように後足を変なふうに曲げて、背中を掻く模ねをした。電燈から落ちて来る小虫がひっつくのかもしれない。いかにも五月蠅そうにそれをやるのである。私はよくそれを眺めて立ち留っていた。いつも夜更けでいかにも静か・・・ 梶井基次郎 「闇の絵巻」
・・・けれども、会えばいつも以前のままの学友気質で、無遠慮な口をきき合うのです。この日も鷹見は、帰路にぜひ寄れと勧めますから、上田とともに三人連れ立って行って、夫人のお手料理としては少し上等すぎる馳走になって、酒も飲んで「あの時分」が始まりました・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・気だ、まるで素人じゃアないようだ』と申しますと、藤吉にやにや笑っていましたが、『うまいところを当てられた、実はあれはさる茶屋でかなり名を売った女中であったのを親方が見つけ出し、本人の心持を聞いて見ると堅気の職人のところにゆきたいというので、・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・ 愛するというのも早ければ別れるのも軽く、少し待たせれば帰ってしまい、逢びきの間にも胸算用をし、たといだます分でもだまされはせぬ――こういった現代の娘気質のある側面は深く省みられねばならぬ。新しさ、聡明さとはそんなものではないはずだ。新・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・多くの作者は、その戯作者気質と、幇間気質を曝露している。むしろ、これらの作家の小説と並んでその傍に、二、三行で報道されている、××の仕打ちに憤慨して銃を自分の口にあてゝ足で引金を踏んで自殺したという兵卒の記事の方が、はるかに深い暗示に富んで・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・あなたなんか、ヤイヤイ云われて貰われたレッキとした堅気のお嬢さんみたようなもので、それを免職と云えば無理離縁のようなものですからネ。」「誰も免職とも何とも云ってはいないよ。お先ッ走り! うるさいネ。」「そんならどうしたの? 誰か高慢・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・丹泉はしきりに称讃してその鼎をためつすがめつ熟視し、手をもって大さを度ったり、ふところ紙に鼎の紋様を模したりして、こういう奇品に面した眼福を喜び謝したりして帰った。そしてまた舟を出して自分の旅路に上ってしまった。 それから半歳余り経た頃・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・ その時になって見ると、新しいものを求めて熱狂するような三郎の気質が、なんとなく私の胸にまとまって浮かんで来た。どうしてこの子がこんなに大騒ぎをやるかというに――早川賢にしても、木下繁にしても――彼らがみんな新しい人であるからであった。・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・次兄は、酒にも強く、親分気質の豪快な心を持っていて、けれども、決して酒に負けず、いつでも長兄の相談相手になって、まじめに物事を処理し、謙遜な人でありました。そうしてひそかに、吉井勇の、「紅燈に行きてふたたび帰らざる人をまことのわれと思ふや。・・・ 太宰治 「兄たち」
出典:青空文庫