・・・ 小説家春の家おぼろの当世書生気質第十四回には明治十八九年頃の大学生が矢場女を携えて、本郷駒込の草津温泉に浴せんとする時の光景が記述せられて居る。是亦当時の風俗を窺う一端となるであろう。其文に曰く、「草津とし云へば臭気も名も高き、其本元・・・ 永井荷風 「上野」
・・・何をしていたものの成れの果やら、知ろうとする人も、聞こうとする人も無論なかったが、さして品のわるい顔立ではなかったので、ごろつきでも遊び人でもなく、案外堅気の商人であったのかも知れない。 オペラ館の風呂場は楽屋口のすぐ側にあった。楽屋口・・・ 永井荷風 「草紅葉」
・・・だが甞て乱暴したということもなくてどっちかというと酷く気の弱い所のあるのは彼の母の気質を禀けたのであった。彼の兄も一剋者である。彼等二人は両親が亡くなって自分等も老境に入るまでしみじみと噺をした事がない。そうかといって太十はなかなか義理が堅・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・ そこで世の中では――ことに昔の道徳観や昔堅気の親の意見やまたは一般世間の信用などから云いますと、あの人は家業に精を出す、感心だと云って賞めそやします。いわゆる家業に精を出す感心な人というのは取も直さず真黒になって働いている一般的の知識・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・一般の英国気質というものは、今お話しした通り義務の観念を離れない程度において自由を愛しているようです。 それで私は何も英国を手本にするという意味ではないのですけれども、要するに義務心を持っていない自由は本当の自由ではないと考えます。と云・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・真の意味の哲学者とは、哲学を学問する人のことでなくして、哲学する精神を気質し、且つメタフィヂックを直覚する人のことである。即ち真の哲学者とは、所謂「哲学者」の謂でなくして「詩人」の謂である。詩人こそ真の哲学者であると。文学者がもし真の文学者・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・ じゃあ堅気だね? それに又何だって跟けられてるんだい?」「労働争議をやってるからさ。食えねえ兄弟たちが闘ってるんだよ」「フーン。俺にゃ分らねえよ。だが、お前と口を利いてると、ほんとに危なそうだから俺は向うへ行くよ。そらバスケットを・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
人物の善悪を定めんには我に極美なかるべからず。小説の是非を評せんには我に定義なかる可らず。されば今書生気質の批評をせんにも予め主人の小説本義を御風聴して置かねばならず。本義などという者は到底面白きものならねば読むお方にも・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・一体わたくしは前から堅気な女で、今でも堅気でいるのでございますの。 お別れにお互に涙を飜したことは、まだ覚えていらっしゃって。お互に口に出さないつらさを感じましたわね。 それだのにあなた、パリイにいらっしゃってから、すぐにわたくしの・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・それに受身になって運命に左右せられていないで、何か閲歴がしてみたいと云う女の気質の反抗が見えている。要するにどの女でも若い盛りが過ぎて一度平静になった後に、もうほどなく老が襲って来そうだと思って、今のうちにもう一度若い感じを味ってみたいと企・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
出典:青空文庫