・・・彼が『万葉』を学んで比較的善くこれを模し得たる伎倆はわが第二に賞揚せんとするところなり。そもそも歌の腐敗は『古今集』に始まり足利時代に至ってその極点に達したるを、真淵ら一派古学を闢き『万葉』を解きようやく一縷の生命を繋ぎ得たり。されど真淵一・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・そして今日どれほどの若い女性たちが、その生活の半分は堅気でありながらかげの半分では時々その道を歩く娘として生きているだろう。あるいはまた、いま歩いている道はまともな道だけれども、実にその道はすれすれに誘惑ととなり合わせていることを感じて生き・・・ 宮本百合子 「明日をつくる力」
・・・日本の社会が、あらゆる階層を通じてとくに婦人に重く苦しい現実を強いていることは、人生を愛す気質をもって生れている伸子を一九二七年の空気のなかで、社会主義へ近づけずにいなかった。「二つの庭」で、伸子は、これまで人として女として自然発生にあった・・・ 宮本百合子 「あとがき(『二つの庭』)」
・・・壇を封鎖している旧いブルジョア文学にはあき足らず、さりとて無産階級の文学運動に対しては自分たちの属している社会層の小市民風な生活感情から共感がもてず、どちらに向っても抵抗しながらドイツの表現派の手法を模して漠然と新しい生活と芸術の感覚を主張・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第六巻)」
・・・フランスの堅気な旧教的な美を代表するアントワネット。強烈な火の急流のようなアンナ、または男がいつも我流に女を愛して平然としていることその他、女性の家庭生活の不満に充分苦しみながら「でも、大半は婦人に敵対している社会で、一人で生活しなければな・・・ 宮本百合子 「アンネット」
・・・働く女がこんな勢で殖えているのだから、働く男女らしい傍目にも心持よい二人連れが殖えてゆくのは自然だろうのに、咎めだてされなければならない一組がふえているだけだとしたら、それは余り惨めだと思う。堅気の働く若い娘なんか、二人連で外を歩いたりしな・・・ 宮本百合子 「働く婦人」
・・・しかし、どんな階級的作家でも十一世紀の宮廷婦人小説家に、わが身を模して満足しているような錯誤した歴史感はもっていまいと思います。事実は、都の教育委員会への立候補を求めて故服部麦生氏などが来訪されたときの話がゆがめられ誇張されたものです。・・・ 宮本百合子 「文学について」
・・・ 小さい堅気の女中は切口上で「女工さんでございます」と答えた。山のある町の人々は、工場の煙突を見なれたように、此那こともみんな見馴れて居るのだろう。町をひたす切な若々しい色彩の氾濫も、引潮の夜、思いがけぬ屋根の下でそれ等千代紙の・・・ 宮本百合子 「町の展望」
・・・母と同じように堅気で真面目にしている子だからである。「手品なんざ見なくたってよございます。さっさとお帰りなさい。」こう云って娘は戸を締めようとして、戸の握りを握った。娘の手は白くて、それにしなやかな指が附いている。 この時ツァウォツ・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・応答の内にはいずれも武者気質の凜々しいところが見えていたが、比べ合わせて見るとどうしても若いのは年を取ッたのよりまだ軍にも馴れないので血腥気が薄いようだ。 それから二人は今の牛ヶ淵あたりから半蔵の壕あたりを南に向ッて歩いて行ったが、その・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫