・・・が、その相手は何かと思えば、浪花節語りの下っ端なんだそうだ。君たちもこんな話を聞いたら、小えんの愚を哂わずにはいられないだろう。僕も実際その時には、苦笑さえ出来ないくらいだった。「君たちは勿論知らないが、小えんは若槻に三年この方、随分尽・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・ 小町 (噛誰がそんなことを云ったのです? 使 (怯ず怯やっぱりさっき小野の小町が、…… 小町 まあ、何と云う図々しい人だ! 嘘つき! 九尾の狐! 男たらし! 騙り! 尼天狗! おひきずり! もうもうもう、今度顔を合せたが最後、きっ・・・ 芥川竜之介 「二人小町」
・・・ 上框に腰をかけていたもう一人の男はやや暫らく彼れの顔を見つめていたが、浪花節語りのような妙に張りのある声で突然口を切った。「お主は川森さんの縁のものじゃないんかの。どうやら顔が似とるじゃが」 今度は彼れの返事も待たずに長顔の男・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ と昔語りに話して聞かせた所為であろう。ああ、薄曇りの空低く、見通しの町は浮上ったように見る目に浅いが、故郷の山は深い。 また山と言えば思出す、この町の賑かな店々の赫と明るい果を、縦筋に暗く劃った一条の路を隔てて、数百の燈火の織目か・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・が、すぐに、かたりと小皿が響いた。 流の処に、浅葱の手絡が、時ならず、雲から射す、濃い月影のようにちらちらして、黒髪のおくれ毛がはらはらとかかる、鼻筋のすっと通った横顔が仄見えて、白い拭布がひらりと動いた。「織坊。」 と父が呼ん・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・ と椅子をかたり。卓子の隅を座取って、身体を斜に、袴をゆらりと踏開いて腰を落しつける。その前へ、小使はもっそり進む。「卓子の向う前でも、砂埃に掠れるようで、話がよく分らん、喋舌るのに骨が折れる。ええん。」と咳をする下から、煙草を填め・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・嬉しいにつけても思いのたけは語りつくさず、憂き悲しいことについては勿論百分の一だも語りあわないで、二人の関係は闇の幕に這入ってしまったのである。 十四日は祭の初日でただ物せわしく日がくれた。お互に気のない風はしていても、手にせわしい・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・大きな人間ばかりは騙り取っても盗み取っても罪にならないからなあ」「や、親父もちょっと片意地の弦がはずれちまえばあとはやっぱりいさくさなしさ。なんでもこんごろはおかしいほどおとよと話がもてるちこったハヽヽヽヽ」 佐介がハヽヽヽヽと笑う・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・ 妻の母は心配そうな顔をしているが、僕のことは何にも尋ねないで、孫どもが僕の留守中にいたずらであったことを語り、庭のいちじくが熟しかけたので、取りたがって、見ていないうちに木のぼりを初め、途中から落ッこちたことなどを言ッつけた。子供は二・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ さらぬだに淡島屋の名は美くしい錦絵のような袋で広まっていたから、淡島屋の軽焼は江戸一だという評判が益々高くなって、大名高家の奥向きから近郷近在のものまで語り伝えてわざわざ馬喰町まで買いに来た。淡島屋のでなければ軽焼は風味も良くないし、・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
出典:青空文庫