・・・僕は手足をばたばたさせながら「かちかち山だよう。ぼうぼう山だよう」と怒鳴ったりした。これはもちろん火がつくところから自然と連想を生じたのであろう。 一三 剥製の雉 僕の家へ来る人々の中に「お市さん」という人があった。・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・そのあとで、また蓄音機が一くさりすむと、貞水の講談「かちかち甚兵衛」がはじまった。にぎやかな笑い顔が、そこここに起る。こんな笑い声もこれらの人々には幾日ぶりかで、口に上ったのであろう。学校の慰問会をひらいたのも、この笑い声を聞くためではなか・・・ 芥川竜之介 「水の三日」
・・・石のように固く凍てついている雪は、靴にかちかち鳴った。空気は鼻を切りそうだ。彼は丘を登りきると、今度は向うへ下った。丘の下のあの窓には、灯がともっていた。人かげが、硝子戸の中で、ちらちら動いていた。 彼は歩きながら云ってみた。「ガー・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・しが新橋駅のプラットフォームで、秋の夜ふけだったわ、電車を待っていたら、とてもスマートな犬が、フォックステリヤというのかしら、一匹あたしの前を走っていって、あたしはそれを見送って、泣いたことがあるわ。かちかちかちかち、歩くたんびに爪の足音が・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・すべての牌と名のつくものがむやみにかちかちしていつまでも平気に残っているのを、もろうた者の煙のごとき寿命と対照して考えると妙な感じがする。それから二階へ上る。ここにまた大きな本棚があって本が例のごとくいっぱい詰まっている。やはり読めそうもな・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・光は針や束になってそそぎそこらいちめんかちかち鳴りました。 天の子供らは夢中になってはねあがりまっ青な寂静印の湖の岸硅砂の上をかけまわりました。そしていきなり私にぶっつかりびっくりして飛びのきながら一人が空を指して叫びました。「ごら・・・ 宮沢賢治 「インドラの網」
・・・デストゥパーゴは何か瓶をかちかち鳴らしてから白いきれで顔を押えながら出て来ました。「さあ、どうぞこちらへ。」 わたくしは応接室に通されました。デストゥパーゴはようやく落ち着きました。「わたくしがここへ人を避けて来ているのは全くち・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・場内にみなぎる菊の花のきつい匂いになじみにくく、活人形の顔や手足のかちかちした肌色と着せられている菊の花びらのやわらかく水っぽい感じの対照も妙だった。母方の祖母が浅草の花屋敷へつれて行ってみせてくれたあやつり人形の骨よせと似た気味わるさが菊・・・ 宮本百合子 「菊人形」
・・・郊外電車の改札口で、乗客をほったらかし、鋏をかちかち鳴らしながら同僚を追っ馳け廻している切符きり、と云った青年であった。「お話をきくと毎日が大変らしいようですね。」 先ずそんなことから梶は云った。栖方は黙ったまま笑った。ぱッと音立て・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫