・・・ おかっぱに洋装の女の子もあれば、ズボンにワイシャツ、それに下駄ばきの帳場の若い男もある。それが浴衣がけの頬かぶりの浴客や、宿の女中たちの間に交じって踊っている不思議な光景は、自分たちのもっている昔からの盆踊りというものの概念にかなりな・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・ 詐欺師や香具師の品玉やテクニックには『永代蔵』に狼の黒焼や閻魔鳥や便覧坊があり、対馬行の煙草の話では不正な輸出商の奸策を喝破しているなど現代と比べてもなかなか面白い。『胸算用』には「仕かけ山伏」が「祈り最中に御幣ゆるぎ出、ともし火かす・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・(河童を釣る話とかいう種類のものが多かった。一例として「えんこう」の話をとると、夕涼みに江ノ口川の橋の欄干に腰をかけているとこの怪物が水中から手を延ばして肛門を抜きに来る。そこで腰に鉄鍋を当てて待構えていて、腰に触る怪物の手首をつかまえてぎ・・・ 寺田寅彦 「重兵衛さんの一家」
・・・草原の上に干してあった合羽の上には約一ミリか二ミリの厚さに積もっていた。 庭の檜葉の手入れをしていた植木屋たちはしかし平気で何事も起こっていないような顔をして仕事を続けていた。 池の水がいつもとちがって白っぽく濁っている、その表面に・・・ 寺田寅彦 「小爆発二件」
・・・これと並行してまたエンコウ(河童と相撲を取ってのされたという話もある。上記のシバテンはまた夜釣りの人の魚籠の中味を盗むこともあるので、とにかく天使とはだいぶ格式が違うが、しかし山野の間に人間の形をした非人間がいて、それが人間に相撲をいどむと・・・ 寺田寅彦 「相撲」
・・・それからまた低気圧が来て風が激しくなりそうだと夜中でもかまわず父は合羽を着て下男と二人で、この石燈籠のわきにあった数本の大きな梧桐を細引きで縛り合わせた。それは木が揺れてこの石燈籠を倒すのを恐れたからである。この梧桐は画面の外にあるか、それ・・・ 寺田寅彦 「庭の追憶」
・・・や「河童」の類となると物理学や気象学の範囲からはだいぶ遠ざかるようである。しかし「天狗様のおはやし」などというものはやはり前記の音響異常伝播の一例であるかもしれない。 天狗和尚とジュースの神の鷲との親族関係は前に述べたが、河童や・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
・・・「カッパ」と似ていておもしろい。 もっとも「河童」と称するものは、その実いろいろ雑多な現象の総合とされたものであるらしいから、今日これを論ずる場合にはどうしてもいったんこれをその主要成分に分析して各成分を一々吟味した後に、これら・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
・・・家へ帰って護謨合羽を脱ぐと、肩当の裏側がいつの間にか濡れて、電灯の光に露のような光を投げ返した。不思議だからまた羽織を脱ぐと、同じ場所が大きく二カ所ほど汗で染め抜かれていた。余はその下に綿入を重ねた上、フラネルの襦袢と毛織の襯衣を着ていたの・・・ 夏目漱石 「三山居士」
汽車の窓から怪しい空を覗いていると降り出して来た。それが細かい糠雨なので、雨としてよりはむしろ草木を濡らす淋しい色として自分の眼に映った。三人はこの頃の天気を恐れてみんな護謨合羽を用意していた。けれどもそれがいざ役に立つとなるとけっし・・・ 夏目漱石 「初秋の一日」
出典:青空文庫