かとうし【加東市】
⇒加東
かとうしげし【加藤繁】
[1880〜1949]東洋史学者。島根の生まれ。中国の経済史を研究。著「唐宋時代に於ける金銀の研究」「支那経済史考証」など。
かとうしゅう【裹頭衆】
平安末期の、裹頭姿の諸大寺の僧兵をいう。
かとうしゅういち【加藤周一】
[1919〜2008]評論家。東京の生まれ。昭和22年(1947)、中村真一郎・福永武彦との共著である評論集「一九四六 文学的考察」を発表。その後は文学・文化・美術・政治など幅広い分野で評論活動を行った。評論「日本文学史序説」「雑種文化」、小説「ある晴れた日に」など。
かとうしゅうそん【加藤楸邨】
[1905〜1993]俳人。東京の生まれ。本名、健雄 (たけお) 。生活に密着した人間臭の濃い句風で知られ、人間探究派ともよばれた。俳誌「寒雷」を主宰。句集「寒雷」「まぼろしの鹿」など。
かとうしょうがく【下等小学】
明治5年(1872)の学制による小学校。修業年限は4年で、次段階に上等小学が設置された。
かとうしょくぶつ【下等植物】
構造が簡単で、器官の分化があまり発達していない植物のこと。菌類・地衣類・藻類など。⇔高等植物。
かとうしろうざえもんかげまさ【加藤四郎左衛門景正】
⇒加藤景正
かとうたい【加藤泰】
[1916〜1985]映画監督。兵庫の生まれ。本名、泰通 (やすみち) 。記録映画から出発し、その後は時代劇を多く手がける。白塗りが当然であった時代劇で、キャストにノーメイクを命じて撮影するなど、独自のスタイルを用いて時代劇映画に新風を吹き込んだ。代表作は「瞼 (まぶた) の母」「沓掛 (くつかけ) 時次郎遊侠一匹」のほか、「緋牡丹博徒 (ひぼたんばくと) 」シリーズなど。
かとうたかあき【加藤高明】
[1860〜1926]政治家。愛知の生まれ。岩崎弥太郎の女婿。三菱社員から官僚を経て代議士となり、外相。憲政会総裁となり、第二次護憲運動をおこして護憲三派内閣の首相となった。日ソ国交回復に努め、また治安維持法・普通選挙法を成立させた。