・・・ 先生はこういう風にそれほど故郷を慕う様子もなく、あながち日本を嫌う気色もなく、自分の性格とは容れにくいほどに矛盾な乱雑な空虚にして安っぽいいわゆる新時代の世態が、周囲の過渡層の底からしだいしだいに浮き上って、自分をその中心に陥落せしめ・・・ 夏目漱石 「ケーベル先生」
・・・そうして過渡期の日本の社会道徳にそむいて、私の歩を相互に進めることなしに、意志の重みをはじめから監督者たる父母に寄せかけた彼の行ないぶりを快く感じた。そこで彼の依頼を引き受けた。 さっそく妻をやって先方へ話をさせてみると、妻は女の母の挨・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・で、私は露語の所謂ストリャッフヌストと云ったような時代……つまりこびり着いて居る思想の血を払って、新たな清い生活に入ろうとする過渡の時代のように今を思う。思想じゃ人生の意義は解らんという結論までにゃ疾くに達しているくせに、まだまだ思想に未練・・・ 二葉亭四迷 「私は懐疑派だ」
・・・及び「過渡期の道標」で示したニュアンスにとみ曲折におどろかない豊潤な資質は、その後の諸論集のなかでどのように展開されただろうかという問題である。 片上伸研究が「過渡期の道標」と題されたことは、示唆的である。著者は、芥川龍之介の敗北の究明・・・ 宮本百合子 「巖の花」
・・・赤岩栄氏の存在はいかにも時代的であり過渡的で、この「しかし」の心理に深い連関をもっています。民主的文化確立の道は、この社会的基盤の分析という段階から既に文学そのものの創造によって、人民の哲学そのものの確立によって、新しい知性と美の流露によっ・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・ソヴェトではあらゆる生産が計画的生産であるから、管理者は、工場内の専門技師、工場委員会などを確りと統制し、過渡的なソヴェト社会の具体的困難を突切って、社会主義的な生産を高めて行かなければならない。ソヴェトは、この工場管理者には、出来るだけ労・・・ 宮本百合子 「「インガ」」
・・・は一つの過渡でした。「雑沓」に至るまでの。 全集目録は明日お送りいたします。「どてら」はおうけとりになったでしょう? 中野さんが大島へ行ったとは知らなかった。只今鑑子さんから電報とお手紙のお礼が来ました。池田さん、あのお手紙の言葉を見た・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ これまで云いもしなかった社会部面について書くと、作家ABCは消滅して、啓蒙パンフレット屋がかく通りの用語、表現で作家が書きはじめるということは、過渡期のあらわれとしても、現代文学の明日への真実な成長のために、考えさせるところが少くない・・・ 宮本百合子 「今日の文学の諸相」
・・・その過渡期であるこんにち、第二次大戦後の新しい不安と苦悩、勇気と怯懦とが、混合して噴出している。おそらくは、「二十五時」などの中にも。そして、われわれ日本の読者の悲劇は、ヨーロッパ現代文学の中でも、歴史様相に対して最も猜疑心の深い動機にたつ・・・ 宮本百合子 「「下じき」の問題」
・・・ 私たちの今日の生活が過渡期の混乱におかれていることは、こういう小さい例にもまざまざと感じられると思う。 商人は商人気質の鋭さ万能に、家を守る女性は、何はともあれ我家のやりくり専一に、それぞれ主観の利益に立った個々の生きかたを続けて・・・ 宮本百合子 「主婦意識の転換」
出典:青空文庫