・・・何と読むのか、プログラムに仮名付けがないから分らない。説明書によるとこの曲はもと天竺の楽で、舞は本朝で作ったとのことである。蘇莫者の事は六波羅密経に詳しく書いてある。聖徳太子が四十三歳の時に信貴山で洞簫を吹いていたら、山神が感に堪えなくなっ・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・一国の伝統にして戦争によって終局を告げたものも、仮名づかいの変化の如きを初めとして、その例を挙げたら二、三に止まらぬであろう。昭和廿二年二月 ○ 市川の町を歩いている時、わたくしは折々四、五十年前、電車も自・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・稽古本で見馴れた仮名より外には何にも読めない明盲目である。この社会の人の持っている諸有る迷信と僻見と虚偽と不健康とを一つ残らず遺伝的に譲り受けている。お召の縞柄を論ずるには委しいけれど、電車に乗って新しい都会を一人歩きする事なぞは今だに出来・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・まだ小学校へも行かない時分ではなかったか。桜のさく或日の午後小石川の家から父と母とに連れられてここまで来るには車の上ながらも非常に遠かった。東京の中ではないような気がした。綺麗な金ピカなお堂がいくつもあって、その階の前で自分は浅草の観音さま・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・ことに字違いや仮名違いが目についた。それから感情の現わし方がいかにも露骨でありながら一種の型にはいっているという意味で誠がかえって出ていないようにもみえた。最も恐るべくへたな恋の都々一なども遠慮なく引用してあった。すべてを総合して、書き手の・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・処が其大将の漢文たるや甚だまずいもので、新聞の論説の仮名を抜いた様なものであった。けれども詩になると彼は僕よりも沢山作って居り平仄も沢山知って居る。僕のは整わんが、彼のは整って居る。漢文は僕の方に自信があったが、詩は彼の方が旨かった。尤も今・・・ 夏目漱石 「正岡子規」
・・・玉を並べた様な鋲の一つを半ば潰して、ゴーゴン・メジューサに似た夜叉の耳のあたりを纏う蛇の頭を叩いて、横に延板の平な地へ微かな細長い凹みが出来ている。ウィリアムにこの創の因縁を聞くと何にも云わぬ。知らぬかと云えば知ると云う。知るかと云えば言い・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・能代の膳には、徳利が袴をはいて、児戯みたいな香味の皿と、木皿に散蓮華が添えて置いてあッて、猪口の黄金水には、桜花の弁が二枚散ッた画と、端に吉里と仮名で書いたのが、浮いているかのように見える。 膳と斜めに、ぼんやり箪笥にもたれている吉里に・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・ゆえに、最初エビシを学ぶときより、我が、いろはを習い、次第に仮名本を読み、ようやく漢文の書にも慣れ、字の数を多く知ること肝要なり。一、幼年の者へは漢学を先にして、後に洋学に入らしむるの説もあれども、漢字を知るはさまで難事にあらず、よく順・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・と仮名で書いてある。その次のは「さけ」とあるらしいが縄暖簾の陰になって居て分らぬ。その次のには「なべ」と書いてあって、最も左の端の障子には蛤の画が二つ書いてある。「蛤」「なべ」という順序であるべきのが「なべ」「蛤」と逆になって居るので不思議・・・ 正岡子規 「車上の春光」
出典:青空文庫