・・・ただやはり顔馴染みの鎮守府司令長官や売店の猫を見た時の通り、「いるな」と考えるばかりである。しかしとにかく顔馴染みに対する親しみだけは抱いていた。だから時たまプラットフォオムにお嬢さんの姿を見ないことがあると、何か失望に似たものを感じた。何・・・ 芥川竜之介 「お時儀」
・・・ 最初の北海道の長官の黒田という人は、そこに行くと何といっても面白いものを持っていたようだ。あの必要以上に大規模と見える市街市街の設計でも一斑を知ることか出来るが、米国風の大農具を用いて片っ端からあの未開の土地を開いて行こうとした跡は、・・・ 有島武郎 「北海道に就いての印象」
・・・……御威勢のほどは、後年地方長官会議の節に上京なされると、電話第何番と言うのが見得の旅館へ宿って、葱のおくびで、東京の町へ出らるる御身分とは夢にも思われない。 また夢のようだけれども、今見れば麺麭屋になった、丁どその硝子窓のあるあたりへ・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・一面には純詩的な茶の湯も勿論可なれど、又一面には欧風晩食の如く、日常の人事に茶の湯の精神を加味し、如何なる階級の人にも如何なる程度の人にも其興味と感化とを頒ちたいものである、古への茶の湯は今日の如く、人事の特別なものではない、世人の思う・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・パデレフスキーも日本に生れたら大統領は魯か文部の長官にだって選ばれそうもない。ダンヌンチオも日本だったら義兵を募る事も軍資を作る事も決して出来なかったろう。西洋では詩人や小説家の国務大臣や商売人は一向珍らしくないが、日本では詩人や小説家では・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・ わが水兵はいかに酔っていても長官に対する敬礼は忘れない。彼らは自分を見るや一同起立して敬礼を行なう、その態度の厳粛なるは、まだ十二分に酔っていないらしい。中央に構えていた一人の水兵、これは酒癖のあまりよくないながら仕事はよくやるので士・・・ 国木田独歩 「遺言」
・・・治まる聖代のありがたさに、これぞというしくじりもせず、長わずらいにもかからず、長官にも下僚にも憎まれもいやがられもせず勤め上げて来たのだ。もはやこうなれば、わしなどはいわゆる聖代の逸民だ。恩給だけでともかくも暮らせるなら、それをありがたく頂・・・ 国木田独歩 「二老人」
・・・ところどころに少年の独創も加味されていました。第一に、襟です。大きい広い襟でした。どういうわけか広い襟を好んだようです。その襟には黒のビロオドを張りました。胸はダブルの、金ボタンを七つずつ、きっちり並べて附けました。ボタンの列の終ったところ・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・という言葉使いには、多少、方言が加味されているような気がする。お百姓の言葉だ。うるめの灰を打たたきながら「此筋は銀も見知らず不自由さよ」と、ちょっと自嘲を含めた愚痴をもらしてみたところではなかろうか。「此筋」というのは、「此道筋と云わんが如・・・ 太宰治 「天狗」
・・・ 以上が先生の文章なのであるが、こうして書き写してみると、なんだか、ところどころ先生のたくみな神秘捏造も加味されて在るような気がせぬでもない。豚の眼が、最も人間の眼に近似しているなどは、どうも、あまり痛快すぎる。けれども、とにかくこれは・・・ 太宰治 「女人訓戒」
出典:青空文庫