・・・道太はからかうように言った。「かしこまりました」おひろは答えた。「いくらあるもんですか」お絹は言ったが、「お料理の方は辰之助さんがお持ちやそうですし、花代といったところで、たんともないさかえ」「そうはゆかない。勘定は勘定だ。だい・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・しかしそこらにいた男どもがその若い馬士をからかう所を聞くと、お前は十銭のただもうけをしたというようにいうて、駄賃が高過ぎるという事を暗に諷していたらしかった。それから女主人は余に向いて蕨餅を食うかと尋ねるから、余は蕨餅は食わぬが茱萸はないか・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・この蜂雀はよくその術をやって人をからかうんだ。よろしい。私が叱ってやろう。」 番人のおじいさんはガラスの前に進みました。「おい。蜂雀。今日で何度目だと思う。手帳へつけるよ。つけるよ。あんまりいけなけあ仕方ないから館長様へ申し上げてア・・・ 宮沢賢治 「黄いろのトマト」
・・・この看守は煙草が吸いたくてたまらないでいる留置人の鼻先で、指もくぐらない細かい金網のこっち側へわざとバットを転しておいたり、今にも喫わしてくれそうに、ケースの上でトントンとやって見せたりして、猿をからかうように留置人をからかうのであった。そ・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・迎えに出てくれた人が、へこたれている私をからかうように、「宿がすこし高いところなんですが」と云った。もうすっかり街すじは暗く、暗い街なみを圧して、もっくりとした山の黒い影が町にのしかかっていた。山裾の町というなだらかな感じはしなくて・・・ 宮本百合子 「琴平」
・・・いじめる気ではなく、怪我をさせない程度にからかうのは、やはり楽しさの一つだ。 ついこの間の晩、縁側のところで、私は妙な一匹の這う虫を見つけた、一寸五分ばかりの長さで、細い節だらけの体で、総体茶色だ。尻尾の部分になる最後の一節だけ、艷のあ・・・ 宮本百合子 「この夏」
・・・ これら三人の、フランス文学者、同じ系統の作家の右のような座談が、フランス語に訳されるとしたら、この人たちは果して同じように現代をからかう口調で語っただろうか。二十代の人は笑わない。そう云われているところに、きょうの日本の深淵がある。一・・・ 宮本百合子 「「下じき」の問題」
・・・ 京子はこんな事を云ってからかう様に笑った。「ほんまになあ、 あほらしい事や。 おどけた調子で真面目な顔をして千世子は云った。 それにつられた様に京子は西京へ行った時の話を丁寧に話した。「大阪って云う・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
・・・女中達が考えのいかにも無さそうなゲラゲラ声をたてて笑って居る――そんな事はよけいに私を怒らせて、まるで今日だけ特別に私をからかうために出来て居るかと思われるほど並んで、揃いに揃って私の心を勝手におこらせたり、イライラさせたりして居る。まるで・・・ 宮本百合子 「つぼみ」
・・・ 女はまじめな熱心な様子ではなしをつづけて、「ネ、若様、あの方なら貴方様の御方様に遊ばしても御立派でございますよ、御よろしければ……」 からかうように女は云って光君のかおをのぞき込んだ。「マア、そんな事は云っこなしに御し、困・・・ 宮本百合子 「錦木」
出典:青空文庫