・・・元来慌てもののせっかちの癖に、かねて心臓が弱くて、ものの一町と駆出すことが出来ない。かつて、彼の叔父に、ある芸人があったが、六十七歳にして、若いものと一所に四国に遊んで、負けない気で、鉄枴ヶ峰へ押昇って、煩って、どっと寝た。 聞いてさえ・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・風にもめげずに皆駆出すが、ああいう児だから、一人で、それでも遊戯さな……石盤へこう姉様の顔を描いていると、硝子戸越に……夢にも忘れない……その美しい顔を見せて、外へ出るよう目で教える……一度逢ったばかりだけれども、小児は一目顔を見ると、もう・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・……そうかと思うと、今になって一目散に駆出すのがある。心は種々な処へ、これから奥は、御堂の背後、世間の裏へ入る場所なれば、何の卑怯な、相合傘に後れは取らぬ、と肩の聳ゆるまで一人で気競うと、雨も霞んで、ヒヤヒヤと頬に触る。一雫も酔覚の水らしく・・・ 泉鏡花 「妖術」
何年ぶりかで珍しく上野の図書館へ行った。むかし袴をはいて通った時分からみると婦人閲覧室もずっと広く居心地よいところになったし、いろいろ変っているけれども、本を借り出すところが一段高くなってそこに係の人がいる役所めいた様子は・・・ 宮本百合子 「三つの「女大学」」
出典:青空文庫