・・・折角の読者の感興をぶち壊すようなものじゃありませんか? この小品が雑誌に載るのだったら、是非とも末段だけは削って貰います。小説家 まだ最後ではないのです。もう少し後があるのですから、まあ、我慢して聞いて下さい。 × ・・・ 芥川竜之介 「奇遇」
・・・すると微醺を帯びた父は彼の芸術的感興をも物質的欲望と解釈したのであろう。象牙の箸をとり上げたと思うと、わざと彼の鼻の上へ醤油の匂のする刺身を出した。彼は勿論一口に食った。それから感謝の意を表するため、こう父へ話しかけた。「さっきはよその・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・なんのかわったところもないこの原のながめが、どうして私の感興を引いたかはしらないが、私にはこの高原の、ことに薄曇りのした静寂がなんとなくうれしかった。 工場 黄色い硫化水素の煙が霧のようにもやもやしている。その中に職・・・ 芥川竜之介 「日光小品」
・・・この本能が大事に心の中に隠されていると私は信じている。この本能が環境の不調和によって伸びきらない時、すなわちこの本能の欲求が物質的換算法によって取り扱われようとする時、そこにいわゆる社会問題なるものが生じてくるのだ。「共産党宣言」は暗黙の中・・・ 有島武郎 「想片」
・・・そうして自己独得の芸術的感興を表現することに全精力を傾倒するところの人だ。もし、現在の作家の中に、例を引いてみるならば、泉鏡花氏のごときがその人ではないだろうか。第二の人は、芸術と自分の実生活との間に、思いをさまよわせずにはいられないたちの・・・ 有島武郎 「広津氏に答う」
・・・僕が即今あらん限りの物を抛って、無一文の無産者たる境遇に身を置いたとしても、なお僕には非常に有利な環境のもとに永年かかって植え込まれた知識と思想とがある。外見はいかにも無一文の無産者であろうけれども、僕の内部には現在の生活手段としてすこぶる・・・ 有島武郎 「片信」
・・・予もただ舟足の尾をかえりみ、水の色を注意して、頭を空に感興にふけっている。老爺は突然先生とよんだ。かれはいかに予を観察して先生というのか、予は思わず微笑した。かれは、なおかわいらしき笑いを顔にたたえて話をはじめたのである。「先生さまなど・・・ 伊藤左千夫 「河口湖」
・・・ 椿岳の画の豪放洒脱にして伝統の画法を無視した偶像破壊は明治の初期の沈滞萎靡した画界の珍とする処だが、更にこの畸才を産んだ時代に遡って椿岳の一家及び環境を考うるのは明治の文化史上頗る興味がある。 加うるに椿岳の生涯は江戸の末李より明・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・意表外の構作が読者を煙に巻いて迷眩酔倒せしめたので、私の如きも読まない前に美妙や学海翁から散々褒めちぎって聴かされていたためかして、読んだ時は面白さに浮れて夢中となったが、その面白味は手品を見るような感興で胸に響くものはなかった。が、『風流・・・ 内田魯庵 「露伴の出世咄」
・・・そして、苦しんでいる。環境と戦っている。そして、人間生活の真相は、その個々的のものについて、深く認識されるより他には、分る筈がなかったのである。 それが、また、正しいのであった。流浪者が失意に泣くのは、深く人間を悟った時である。人間はみ・・・ 小川未明 「彼等流浪す」
出典:青空文庫