・・・奇怪な事件が重なり合っているような場合であっても見ている時は成程、其れによって、いろ/\なことを想像したりまた感興を惹かれたりしても、一たび外に出て冷やかな空気に触れゝば、つい、今しがた見たことが夢のように、もっと其れよりは淡い印象しか頭に・・・ 小川未明 「芸術は生動す」
・・・芸術は職能として、人生の複雑なる心理、環境と生活、社会と個人等を描くにある。体質に於て同じからざる人間は、同じからざる考えを抱く。また生活層によって、喜怒哀楽を異にする。それ等を、公平によって、書くことは不可能なことである。 都市労働者・・・ 小川未明 「純情主義を想う」
・・・ それが、学校へ入った時分から各の環境によって、異って来る。社会の造った生活というものを知るからだ。 なぜ、こんな正しい、善良な、無邪気な子供が、こうしたよくない人間に変ってしまうのだろう? こゝに、疑いを抱かないものがあろうか。・・・ 小川未明 「人間否定か社会肯定か」
・・・ 主義、主張と、芸術品を製作する時との感興は別でなければならぬ。製作家が感興に満ちていなければ、作品に光の出る理由がない。製作家の頭が活々として、真に感じ、真に動かされた事実であったなら、たとえ技巧が拙であっても尚お、輝きと、此の若やか・・・ 小川未明 「若き姿の文芸」
・・・てきたのも、里子に遣られたり、継母に育てられたり、奉公に行ったりしたことが、私の運命をがらりと変えてしまったように思っているせいですが、しかし今ふと考えてみると、私が現在自分のような人間になったのは、環境や境遇のせいではなかったような気もし・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・が、結局持前の陽気好きの気性が環境に染まって是非に芸者になりたいと蝶子に駄々をこねられると、負けて、種吉は随分工面した。だから、辛い勤めも皆親のためという俗句は蝶子に当て嵌らぬ。不粋な客から、芸者になったのはよくよくの訳があってのことやろ、・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ 幾本目かの銚子を空にして、尚頻りに盃を動かしていた彼は、時々無感興な眼附きを、踊り子の方へと向けていたが、「そうだ! 俺には全く、悉くが無感興、無感激の状態なんだな……」斯う自分に呟いた。 幾年か前、彼がまだ独りでいて、斯うした場・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・ それは彼のなかに残っている古い生活の感興にすぎなかった。やがて自分は来なくなるだろう。堯は重い疲労とともにそれを感じた。 彼が部屋で感覚する夜は、昨夜も一昨夜もおそらくは明晩もない、病院の廊下のように長く続いた夜だった。そこでは古・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・ 私は若い母が感興を動かすかどうかを見ようとした。しかしその美しい眼はなんの輝きもあらわさなかった。「僕はここへ来るといつもあの路を眺めることにしているんです。あすこを人が通ってゆくのを見ているのです。僕はあの路を不思議な路だと思う・・・ 梶井基次郎 「闇の書」
・・・すなわちあの時はただ愛、ただ感ありしのみ、他に思考するところの者を藉り来たりて感興を助くるに及ばざりしなり。されどかの時はすでに業に過ぎ逝きたり。 しかもわれはこの経過を唸かず哀しまざるなり。われはこの損失を償いて余りある者を得たり。す・・・ 国木田独歩 「小春」
出典:青空文庫