・・・画家文士の如き芸術に従事する人たちが明治の末頃から、祖国の花鳥草木に対して著しく無関心になって来たことを、むしろ不思議となしている。文士が雅号を用いることを好まなくなったのもまた明治大正の交から始った事である。偶然の現象であるのかも知れない・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・一般の社会は今日といえども科学という世界の存在については殆んど不関心に打ち過ぎつつある。彼らから見て闇に等しい科学界が、一様の程度で彼らの眼に暗く映る間は、彼らが根柢ある人生の活力の或物に対して公平に無感覚であったと非難されるだけで済むが、・・・ 夏目漱石 「学者と名誉」
・・・十段目に、初菊が、あんまり聞えぬ光よし様とか何とかいうところで品をしていると、私の隣の枡にいた御婆さんが誠実に泣いてたには感心しました。あのくらい単純な内容で泣ける人が今の世にもあるかと思ったらありがたかった。我々はもっとずっと、擦れてるか・・・ 夏目漱石 「虚子君へ」
・・・未来の細君の歓心を得んがためだと云われても構わない。実際余は何事によらず露子の好くようにしたいと思っている。「旦那髯は残しましょうか」と白服を着た職人が聞く。髯を剃るといいと露子が云ったのだが全体の髯の事か顋髯だけかわからない。まあ鼻の・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・彼の画面に対して、あんなにも透視的の奥行きをあたへたり、適度の明暗を反映させたり、よつて以てそれを空間から切りぬき、一つの落付きある完成の気分をそへる額縁に対して、どんな画家も無関心でゐることができないだらう。同じやうに我等の書物に於ける装・・・ 萩原朔太郎 「装幀の意義」
・・・花柳の間に奔々して青楼の酒に酔い、別荘妾宅の会宴に出入の芸妓を召すが如きは通常の人事にして、甚だしきは大切なる用談も、酒を飲み妓に戯るるの傍らにあらざれば、談者相互の歓心を結ぶに由なしという。醜極まりて奇と称すべし。 数百年来の習俗なれ・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・漢の高祖が丁公を戮し、清の康煕帝が明末の遺臣を擯斥し、日本にては織田信長が武田勝頼の奸臣、すなわちその主人を織田に売らんとしたる小山田義国の輩を誅し、豊臣秀吉が織田信孝の賊臣桑田彦右衛門の挙動を悦ばず、不忠不義者、世の見懲しにせよとて、これ・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・さすがに強情な僕も全く素人であるだけにこの実地論を聞いて半ば驚き半ば感心した。殊に日本画の横顔には正面から見たような目が画いてあるのだといわれて非常に驚いた。けれども形似は絵の巧拙に拘らぬという論でもってその驚きを打ち消してしもうた。その後・・・ 正岡子規 「画」
・・・柏の木は、遠くからみな感心して、ひそひそ談し合いながら見て居りました。そこで大王もとうとう言いました。「いや、客人、ありがとう。林をきたなくせまいとの、そのおこころざしはじつに辱けない。」 ところが画かきは平気で「いいえ、あとで・・・ 宮沢賢治 「かしわばやしの夜」
・・・それだからこそ、私たちの生活の必要にぴったりと結びついており、生活的関心はトピックに対する最も強い興味であることを証明しているのであると思う。 食糧問題についても、私たちは随分長いこと、分不相応な苦痛と努力と七転八倒的なやりくりを経験し・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
出典:青空文庫