・・・ 掻垂れ眉を上と下、大きな口で莞爾した。「姉様、己の号外だよ。今朝、号外に腹が痛んだで、稲葉丸さ号外になまけただが、直きまた号外に治っただよ。」「それは困ったねえ、それでもすっかり治ったの。」と紅絹切の小耳を細かく、ちょいちょい・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・ と莞爾する。「おさらいは構わないが、さ、さしあたって、水の算段はあるまいか、一口でもいいんだが。」「おひや。暑そうね、お前さん、真赤になって。」 と、扇子を抜いて、風をくれつつ、「私も暑い。赤いでしょう。」「しんは・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ 七兵衛はそれを莞爾やかに、「そら、こいつあ単衣だ、もう雫の垂るようなことはねえ。」 やがて、つくづくと見て苦笑い、「ほほう生れかわって娑婆へ出たから、争われねえ、島田の姉さんがむつぎにくるまった形になった、はははは、縫上げ・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・ つい私は莞爾した。扇子店の真上の鴨居に、当夜の番組が大字で出ている。私が一わたり読み取ったのは、唯今の塀下ではない、ここでの事である。合せて五番。中に能の仕舞もまじって、序からざっと覚えてはいるが――狸の口上らしくなるから一々は記すま・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・と言う時、織次は巻莨を火鉢にさして俯向いて莞爾した。面色は凛としながら優しかった。「粗末なお茶でございます、直ぐに、あの、入かえますけれど、お一ツ。」 と女房が、茶の室から、半身を摺らして出た。「これえ、私が事を意気な男だとお言・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・(翼ッて聞いた時、莞爾笑って両方から左右の手でおうように私の天窓を撫でて行った、それは一様に緋羅紗のずぼんを穿いた二人の騎兵で――聞いた時――莞爾笑って、両方から左右の手で、おうように私の天窓をなでて、そして手を引あって黙って坂をのぼっ・・・ 泉鏡花 「化鳥」
・・・――姿を見失ったその人を、呼んで、やがて、莞爾した顔を見た時は、恋人にめぐり逢った、世にも嬉しさを知ったのである。 阿婆、これを知ってるか。 無理に外套に掛けさせて、私も憩った。 着崩れた二子織の胸は、血を包んで、羽二重よりも滑・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・ これは背の抜群に高い、年紀は源助より大分少いが、仔細も無かろう、けれども発心をしたように頭髪をすっぺりと剃附けた青道心の、いつも莞爾々々した滑稽けた男で、やっぱり学校に居る、もう一人の小使である。「同役(といつも云う、士の果か、仲・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・され度候趣、さて、ここに一昨夕、大夕立これあり、孫八老、其の砌某所墓地近くを通りかかり候折から、天地晦冥、雹の降ること凄まじく、且は電光の中に、清げなる婦人一人、同所、鳥博士の新墓の前に彳み候が、冷く莞爾といたし候とともに、手の壺微塵に砕け・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・ といいかけて莞爾としつ。つと行く、むかいに跫音して、一行四人の人影見ゆ。すかせば空駕籠釣らせたり。渠等は空しく帰るにこそ。摩耶われを見棄てざりしと、いそいそと立ったりし、肩に手をかけ、下に居らせて、女は前に立塞がりぬ。やがて近づく渠等・・・ 泉鏡花 「清心庵」
出典:青空文庫