・・・仏語に堪能で、海軍の仏印侵略のために、有用な協力をしているというような地位もそのとき知ったように思う。「野呂栄太郎の追憶」の終りにかかれている堂々の発言を見て、私の心が激しくつき動かされたのは、今から七年前の暑い夏、埃くさい公判廷で幾日・・・ 宮本百合子 「信義について」
・・・部屋でも、塵なく片づいてさえおれば堪能しているのに、この時三輪の花に示した優しさは、前例ないことであった。祖母は御愛素でなくその華々しい薄桃色の草花を愛した。後で、種々枕元に飾ったがどれもそのカアネーション程は気に入らなかった。そして、不満・・・ 宮本百合子 「祖母のために」
・・・カラ ああ私も、久しぶりで堪能した。ちょいちょい小出しに楽しもうと蓄めさせた涙の壺、霊の櫃だけでも彼那になった。ヴィンダー そろそろ俺達は引とるかな。細々した残りの仕事は、自身手を下す迄もない。カラ すっかり満足して上気せた私の・・・ 宮本百合子 「対話」
・・・p.174ドイツ 小説の主人公はマイスターを典型として統一の方向をとり、力は集合され、人間はドイツ的理想にまで成長し、堪能となり混沌としていた要素は達成された静けさの中に結晶しつつ澄んで来て、修業時代からマイスターが出て来るのであ・・・ 宮本百合子 「ツワイク「三人の巨匠」」
・・・けで全部が保育所の一日からのスケッチで制作されているということも独特な活々した味を与えているのだが、私ひとりの感じでいうと、或る箇所ではもう少しその対象にカメラが粘って観せてくれたら、さぞその面白さに堪能するだろうと感じられたようなところが・・・ 宮本百合子 「「保姆」の印象」
・・・きには道具と仰せられ候故、武家の表道具を御覧に入れたり、茶器ならば、それも少々持合せ候とて、はじめて御取り出しなされし由、御当家におかせられては、代々武道の御心掛深くおわしまし、かたがた歌道茶事までも堪能に渡らせらるるが、天下に比類なき所な・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」
・・・先きには道具と仰せられ候故、武家の表道具を御覧に入れたり、茶器ならばそれも少々持合せ候とて、はじめて御取り出しなされし由、御当家におかせられては、代々武道の御心掛深くおわしまし、かたがた歌道茶事までも堪能に渡らせらるるが、天下に比類なき所な・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書(初稿)」
・・・この一刹那には大野も慥かに官能の奴隷であった。大野はその時の事を思い出して、また覚えず微笑した。 大野は今年四十になる。一度持った妻に別れたのは、久しい前の事である。独身で小倉に来ているのを、東京にいるお祖母あさんがひどく案じて、手紙を・・・ 森鴎外 「独身」
・・・大抵の人は煩悶して焼けになって、豪遊をするとなると、きっと強烈な官能的受用を求めて、それに依って意識をぼかしていようとするものである。そう云う人は躁狂に近い態度にならなくてはならない。飾磨屋はどうもそれとは違うようだ。一体あの沈鬱なような態・・・ 森鴎外 「百物語」
・・・しかし、それなら、われわれは感覚と官能とを厳密に区別しなくてはならなくなる。だが、それは後に述べることとして、さて前に述べた新感覚についての新なるものとは何か。感覚とは純粋客観から触発された感性的認識の質料の表徴であった。そこで、感覚と新感・・・ 横光利一 「新感覚論」
出典:青空文庫