・・・祇尼は保食神どころではない、本来餓鬼のようなもので、死人の心をかんしょくしたがっている者なのであるが、他の大鬼神に敵わないので、六ヶ月前に人の死を知り、先取権を確立するものであり、なかなか御稲荷様のような福ふくふくしいものではないのである。・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・などそれは下劣な事ばかり、大まじめでいって罵り、階下で赤子の泣き声がしたら耳ざとくそれを聞きとがめて、「うるさい餓鬼だ、興がさめる。おれは神経質なんだ。馬鹿にするな。あれはお前の子か。これは妙だ。ケツネの子でも人間の子みたいな泣き方をすると・・・ 太宰治 「貨幣」
・・・此方とらの餓鬼が、屋根から落ちて死んだって、誰方か何といって下さるものけえ。 その日、初頼という方が、持って来た下すった香奠が、将校方から十五円、兵士一同から二十円……これは皆さんが各々の気心で下すったもので、兵士方は上官から御内意があ・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・ 恩知らずの川村の畜生め! 餓鬼時分からの恩をも忘れちまいやがって、俺の頭を打ち割るなんて……覚えてろ! ぶち込まれてから吠面掻くな……。 仰向けに、天井板を見つめながら、ヒクヒクと、うずく痛みを、ジッと堪えた。 会社がロックアウト・・・ 徳永直 「眼」
・・・余り帰りが遅くなるので、秋山の長屋でも、小林の長屋でも、チャンと一緒に食う筈になっている、待ち切れない夕食を愈々待ち切れなくなった、餓鬼たちが騒ぎ出した。「そんなに云うんだったら、帳場に行ってチャンを連れて来い」 と女房たちが子供に・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・嬉しさはいうまでもないので、餓鬼のように食うた。食うても食うても尽きる事ではない。時々後ろの方から牛が襲うて来やしまいかと恐れて後振り向いて見てはまた一散に食い入った。もとより厭く事を知らぬ余であるけれども、日の暮れかかったのに驚いていちご・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・笊の中に子供を入れたので、ざる餓鬼やざる柿サ。閻魔様が舌を出してその上に石を載せてる処はどうだ。閻魔舌の力持サ。古いネ。お話が古くなっていけないというので墨水師匠などはなるたけ新しい処を伺うような訳ですが手前の処はやはりお古い処で御勘弁を願・・・ 正岡子規 「煩悶」
・・・この餓鬼め。人をばかにしやがるな。トマト二つで、この大入の中へ汝たちを押し込んでやってたまるか。失せやがれ、畜生。』 そしてトマトを投げつけた。あの黄のトマトをなげつけたんだ。その一つはひどくネリの耳にあたり、ネリはわっと泣き出し、みん・・・ 宮沢賢治 「黄いろのトマト」
・・・もう炎天と飢渇の為に人にも鳥にも、親兄弟の見さかいなく、この世からなる餓鬼道じゃ。その時疾翔大力は、まだ力ない雀でござらしゃったなれど、つくづくこれをご覧じて、世の浅間しさはかなさに、泪をながしていらしゃれた。中にもその家の親子二人、子はま・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
・・・「まあこの餓鬼あ! あぶねえわな、おっこったら何じょうするだ……」「やめろっちぇな、 おっこったらはあ、木端微塵になっちまうわ」「なあに大丈夫、 こんな餓鬼が一匹や二匹乗ったからって、すぐ落ちるような機械を、誰れもわ・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
出典:青空文庫