・・・の主人公、――良秀と云う画師の運命だった。それから……僕は巻煙草をふかしながら、こう云う記憶から逃れる為にこのカッフェの中を眺めまわした。僕のここへ避難したのは五分もたたない前のことだった。しかしこのカッフェは短時間の間にすっかり容子を改め・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・ていたものだから、私の発展させていくべき仕事の緒口をここに定めておくつもりであり、また私たち兄弟の中に、不幸に遭遇して身動きのできなくなったものができたら、この農場にころがり込むことによって、とにかく餓死だけは免れることができようとの、親の・・・ 有島武郎 「小作人への告別」
上 実は好奇心のゆえに、しかれども予は予が画師たるを利器として、ともかくも口実を設けつつ、予と兄弟もただならざる医学士高峰をしいて、某の日東京府下の一病院において、渠が刀を下すべき、貴船伯爵夫人の手術をば予をして見せしむることを・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・学士先生のお友だちで、この方はどこへも勤めてはいなさらない、もっとも画師だそうでございますから、きまった勤めとてはございますまい。学士先生の方は、東京のある中学校でれっきとした校長さんでございますが。―― で、その画師さんが、不意に、大・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・小さい時から長袖が志望であったというから、あるいは画師となって立派に門戸を張る心持がまるきりなかったとも限らないが、その頃は淡島屋も繁昌していたし、椿岳の兄の伊藤八兵衛は飛ぶ鳥を落す勢いであったから、画を生活のたつきとする目的よりはやはり金・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ このような状態が続けば、私はいたずらに長い髪の毛を抱いて餓死するところであった。が、天は私の長髪をあわれんだのか、やがて私を作家の仲間に入れてくれた。私の原稿は売れる時もあり売れぬ時もあったが、しかしそれは私の長髪とは関係がなかった。・・・ 織田作之助 「髪」
・・・やっと売れたが、この金使ってしまっては餓死か凍死だと、まず阪急の切符売場で宝塚行き九十銭の切符五枚買った。夕方四時半から六時半まで切符は売止めになる。その時刻をねらって、売場の前にずらりと並んだ客に、宝塚行き一枚三円々々と触れて歩くと、すぐ・・・ 織田作之助 「世相」
・・・又餓死をした人の話が出ていたが、その人は水を飲でいたばかりに永く死切れなかったという。 それが如何した? 此上五六日生延びてそれが何になる? 味方は居ず、敵は遁げた、近くに往来はなしとすれば、これは如何でも死ぬに極っている。三日で済む苦・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・殊に、現在の、深刻な農業恐慌の下で、負担のやり場を両肩におッかぶせられて餓死しないのがむしろ不思議な農民の生活、合法無産政党を以て労農提携の問題をごま化し去ろうとする社会民主主義者共の偽まんを突破して真に階級性を持った提携に向って進んでいる・・・ 黒島伝治 「農民文学の問題」
・・・古い経文の言葉に、心は巧みなる画師の如し、とございます。何となく思浮めらるる言葉ではござりませぬか。 さてお話し致しますのは、自分が魚釣を楽んでおりました頃、或先輩から承りました御話です。徳川期もまだひどく末にならない時分の事でござ・・・ 幸田露伴 「幻談」
出典:青空文庫