・・・ 三 一時がやがやとやかましかった生徒達はみんな教場に這入って、急にしんとするほどあたりが静かになりました。僕は淋しくって淋しくってしようがない程悲しくなりました。あの位好きな先生を苦しめたかと思うと僕は本当に・・・ 有島武郎 「一房の葡萄」
・・・――あの土塀の処に人だかりがあって、がやがや騒ぐので行ってみた。若い男が倒れていてな、……川向うの新地帰りで、――小母さんもちょっと見知っている、ちとたりないほどの色男なんだ――それが……医師も駆附けて、身体を検べると、あんぐり開けた、口一・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・ また一時、がやがやと口上があちこちにはじまるのである。 が、次第に引潮が早くなって、――やっと柵にかかった海草のように、土方の手に引摺られた古股引を、はずすまじとて、媼さんが曲った腰をむずむずと動かして、溝の上へ膝を摺出す、その効・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・――ほんに、もうお十夜だ――気むずかしい治兵衛の媼も、やかましい芸妓屋の親方たちも、ここ一日二日は講中で出入りがやがやしておるで、その隙に密と逢いに行ったでしょ。」「お安くないのだな。」「何、いとしゅうて泣いてるだか、しつこくて泣か・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・ そして坊さんが言うのに、まず見た処この拇指に、どの位な働きがあると思わっしゃる、たとえば店頭で小僧どもが、がやがや騒いでいる処へ、来たよといって拇指を出して御覧なさい、ぴったりと静りましょう、また若い人にちょっと小指を見せたらどうであ・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・ この とき、あちらが がやがやしました。「ごらん、ぞうが きた。」と、正ちゃんが びっくりしました。 大きな ぞうが、おうらいを あるいて きました。サーカスが、どこかへ いくのです。 ちかちか ひかる、青い きものを・・・ 小川未明 「お月さまと ぞう」
・・・ 悲壮な気持ちで、門を入ろうとすると、内部からがやがや人声がきこえました。 一足前、近所の人たちが、倒れている老人を連れてきたのです。 B医師は、すぐに老人に注射を打ちました。「気がついた。おじいさん泣かんでいい。ここは医者・・・ 小川未明 「三月の空の下」
・・・お通夜に集って来た友人が変なところで伸びやがって、登り降りの邪魔だよ、だからノッポは困るんだなどと言っている。がやがやと騒がしいお通夜になって来た。ボートのバック台の練習をしながらワレハ海ノ子と歌いだす者がある。議論がはじまる。ラスコリニコ・・・ 織田作之助 「道」
・・・ 競立った馬の蹄の音、サーベルの響、がやがやという話声に嗄声は消圧されて――やれやれ聞えぬと見える。 ええ情ないと、気も張も一時に脱けて、パッタリ地上へひれ伏しておいおい泣出した。吸筒が倒れる、中から水――といえば其時の命、命の綱、・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・ それから二人は暫時く無言で歩いていると先へ行った川村の連中が、がやがやと騒ぎながら帰って来たので、一緒に連れ立って宿に帰った。其後三四日大友は滞留していたけれどお正には最早、彼の事に就いては一言も言わず、お給仕ごとに楽しく四方山の話を・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
出典:青空文庫