・・・ 彼れの言葉はせき上る息気の間に押しひしゃげられてがらがら震えていた。「そりゃ邪推じゃがなお主」と笠井は口早にそこに来合せた仔細と、丁度いい機会だから折入って頼む事がある旨をいいだした。仁右衛門は卑下して出た笠井にちょっと興味を・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・私みたいながらがらした物のわからない人間を、皆さんでかわいがってくださったんですもの。お金にはちっともならなかったけれども、私、どこに行くよりも、ここに来るのがいちばんうれしかったの。ともどもに苦労しながら銘々がいちばん偉いつもりで、仲よく・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・……大歎息とともに尻を曳いたなごりの笑が、更に、がらがらがらと雷の鳴返すごとく少年の耳を打つ!……「お煎をめしあがれな。」 目の下の崕が切立てだったら、宗吉は、お千さんのその声とともに、倒に落ちてその場で五体を微塵にしたろう。 ・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・ と少し急き込みて、絶え入るばかりに咽びつつ、しばらく苦痛を忍びしが、がらがらと血を吐きたり。 いつもかかることのある際には、一刀浴びたるごとく、蒼くなりて縋り寄りし、お貞は身動だもなし得ざりき。 病者は自ら胸を抱きて、眼を瞑る・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・――電報一本で、遠くから魔術のように、旅館の大戸をがらがらと開けさせて、お澄さんに、夜中に湯をつかわせて、髪を結わせて、薄化粧で待たせるほどの大したお客なんだもの。」「まあ、……だって貴方、さばき髪でお迎えは出来ないではございませんか。・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・巌石、がらがらの細谿川が、寒さに水涸れして、さらさらさらさら、……ああ、ちょうど、あの音、……洗面所の、あの音でございます。」「ちょっと、あの水口を留めて来ないか、身体の筋々へ沁み渡るようだ。」「御同然でございまして……ええ、しかし・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・ 表座敷の雨戸をがらがらあけながら、例のむずかしやの姉がどなるのである。省作は眠そうな目をむしゃくしゃさせながら、ひょこと頭を上げたがまたぐたり枕へつけてしまった。目はさめていると姉に思わせるために、頭を枕につけていながらも、口のうちで・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・窓ががらがらと鳴って壊れたが、その音は女の耳には聞えなかった。どこか屋根の上に隠れて止まっていた一群の鳩が、驚いて飛び立って、たださえ暗い中庭を、一刹那の間一層暗くした。 聾になったように平気で、女はそれから一時間程の間、やはり二本の指・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・つい、四五日前まで船に乗って渡っていた、その河の上を、二頭立の馬に引かれた馬車が、勢いよくがらがらと車輪を鳴らして走りだした。防寒服を着た支那人が通る。 サヴエート同盟の市街、ブラゴウエシチェンスクと、支那の市街黒河とを距てる「海峡」は・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・大きな工場や、工事中のビルヂィングなぞには、地震でがらがらとつぶされて、一どに何百人という人が下じきになり、うめきさけんでいるところへ、たちまち火がまわって来て、一人ものこらず焼け死んだのがいくつもあります。 多くの人々は、大てい、ソラ・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
出典:青空文庫