・・・乙彦は、荒んだ皮膚をして、そうして顔が、どこか畸形の感じで、決して高須のような美男ではなかった。けれども、いま、このバアの薄暗闇で、ふと見ると、やはり、似ている。数枝には、血のつながりというものが、ひどく、いやらしく、気味わるいものに思われ・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・一緒に歩いていると、見る物聞く物黒田が例の奇警な観察を下すのでつまらぬ物が生きて来る。途上の人は大きな小説中の人物になって路傍の石塊にも意味が出来る。君は文学者になったらいいだろうと自分は言った事もあるが、黒田は医科をやっていた。 あの・・・ 寺田寅彦 「イタリア人」
・・・この基礎的な科学的事実を無視した奇形の俳句は、放逸であっても自由ではない。俳諧の流るるごとき自由はむしろその二千年来の惰性と運動量をもつところの詩形自身の響きの中にのみ可能である。俳諧は謡いものなりというはこの事である。一知半解の西洋人が芭・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・が行なわれるように、時々はいろいろな奇形児が生まれたであろうということは想像し難いことではない。しかしまた、そうした奇形児がいくらできてもその当時の環境に適合しなければその変形は存続することができなくて死滅したであろうと考えられる。 短・・・ 寺田寅彦 「俳句の型式とその進化」
・・・そうして復讐を計画し、詭計によって賊をおびき寄せておいて皆殺しにする。後日再び奥州から大軍の将として上洛する途上この宿に立寄り懇ろに母の霊を祭る、という物語を絵巻物十二巻に仕立てたものである。 絵巻物というものは現代の映画の先祖と見るこ・・・ 寺田寅彦 「山中常盤双紙」
・・・しかも畸形児の亡骸です。あるいは立派に建設されないうちに地震で倒された未成市街の廃墟のようなものです。 しかしながら自己本位というその時得た私の考は依然としてつづいています。否年を経るに従ってだんだん強くなります。著作的事業としては、失・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・屋根も異様に細長く、瘠せた鶏の脚みたいに、へんに骨ばって畸形に見えた。「今だ!」 と恐怖に胸を動悸しながら、思わず私が叫んだ時、或る小さな、黒い、鼠のような動物が、街の真中を走って行った。私の眼には、それが実によくはっきりと映像され・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・この不都合をもかえりみず、この失望にも懲りず、なおも奇計妙策をめぐらして、名は三千余方の兄弟にはかるといい、その内実の極意は、暗に政府を促して己が妙計を用いしめんと欲するにすぎず。区々たる政府の政に熱中奔走して、自家の領分はこれを放却して忘・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・積極的美とはその意匠の壮大、雄渾、勁健、艶麗、活溌、奇警なるものをいい、消極的美とはその意匠の古雅、幽玄、悲惨、沈静、平易なるものをいう。概して言えば東洋の美術文学は消極的美に傾き、西洋の美術文学は積極的美に傾く。もし時代をもって言えば国の・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・けれどもそれは全く、作者に未知な絶えざる驚異に値する世界自身の発展であって、けっして畸形に捏ねあげられた煤色のユートピアではない。三 これらはけっして偽でも仮空でも窃盗でもない。多少の再度の内省と分析とはあっても、たしかにこのと・・・ 宮沢賢治 「『注文の多い料理店』新刊案内」
出典:青空文庫