・・・下町気質よりは伝法な、山の手には勿論縁の遠い、――云わば河岸の鮪の鮨と、一味相通ずる何物かがあった。……… 露柴はさも邪魔そうに、時々外套の袖をはねながら、快活に我々と話し続けた。如丹は静かに笑い笑い、話の相槌を打っていた。その内に我々・・・ 芥川竜之介 「魚河岸」
・・・しかしこれも大体の気質は、親しみ易いところがある。のみならず信徒も近頃では、何万かを数えるほどになった。現にこの首府のまん中にも、こう云う寺院が聳えている。して見ればここに住んでいるのは、たとい愉快ではないにしても、不快にはならない筈ではな・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・これは確かに北海道の住民の特異な気質となって現われているようだ。若しあすこの土地に人為上にもっと自由が許されていたならば、北海道の移住民は日本人という在来の典型に或る新しい寄与をしていたかも知れない。欧洲文明に於けるスカンディナヴィヤのよう・・・ 有島武郎 「北海道に就いての印象」
・・・お母さんは永年お民さんをかわいがって御いでですから、お民さんの気質は解って居りましょう。私もこうして一年御厄介になって居てみれば、お民さんはほんと優しい温和しい人です。お母さんに少し許り叱られたって、それを悔しがって泣いたりなんぞする様な人・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・手っとり早く云えば、彼は全く書生気質が抜け尽して居るのだ。普通な人間の親父になって居たのだ。 やれやれそうであった、旧友として訪問したのも間違っていた。厄介に思われて腹を立てたも考えがなかった。予はこう思うて胸のとどこおりが一切解けて終・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・酔いもまわったのであろう、友人は、気質に似合わず、非常にいい気持ちの様子で、にこにこ笑うている。然し、その笑いが何となく寂しいのは、友人の周囲を僕に思い当らしめた。「久し振りで君が尋ねて来て、今夜はとまって呉れるのやさかい、僕はこないに・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・「いいえ、先生のようなお気質では、つれ添う身になったら大抵想像がつきますもの」「よしんば、知れたッてかまいません」「先生はそれでもよろしかろうが、私どもがそばにいて、奥さんにすみません」「心配にゃア及びません、さ」景気よくは・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・が、官僚気質の極めて偏屈な人で、容易に人を近づけないで門前払いを喰わすを何とも思わないように噂する人があるが、それは鴎外の一面しか知らない説で、極めてオオプンな、誰に対しても城府を撤して奥底もなく打解ける半面をも持っていたのは私の初対面でも・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・三 それでも当時の毎日新聞社にはマダ嚶鳴社以来の沼間の気風が残っていたから、当時の国士的記者気質から月給なぞは問題としないで天下の木鐸の天職を楽んでいた。が、新たに入社するものはこの伝統の社風に同感するものでも、また必ずしも・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・「なるほど、おまえの気質ではそうでもあろうか。いままで、私どもが、なんにでもおまえをさせ得るものと考えていたのがまちがっていた。おまえの好きな途を、おまえはゆくがいい。」と、おじいさんはいいました。 青い青い海はどうどうと波高く・・・ 小川未明 「海へ」
出典:青空文庫