・・・面壁九年能く道徳の蘊奥を究むべしといえども、たとえ面壁九万年に及ぶも蒸気の発明はとても期すべからざるなり。 世に教育なるものの必要なるは、すなわちこのゆえにして、人学ばざれば智なきがゆえに、学校を建ててこれを教え、これを育するの趣向なり・・・ 福沢諭吉 「文明教育論」
・・・前後の吾身の挙動は一時の権道なり、権りに和議を講じて円滑に事を纏めたるは、ただその時の兵禍を恐れて人民を塗炭に救わんが為めのみなれども、本来立国の要は瘠我慢の一義に在り、いわんや今後敵国外患の変なきを期すべからざるにおいてをや。かかる大切の・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・あなたのいらっしゃる時とお帰りになる時とにあなたが子供でいらっしゃった時からの習慣で、わたくしはキスをしてお上げ申しましたのね。それはもと姉が弟にするキスであったのに、いつか温い感じが出て来ましたのね。次第に脣と脣との出合ったのが離れにくく・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・ おとなはみんなペムペルとネリなどは見ない風して行ったけれど、いちばんしまいのあのかあいい子は、ペムペルを見て一寸唇に指をあててキスを送ったんだ。 そしてみんなは通り過ぎたのだ。みんなの行った方から、あのいい音がいよいよはっきり聞え・・・ 宮沢賢治 「黄いろのトマト」
・・・子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気のようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸もちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟してこの人たち二・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・そのとき鰯もつぐみもまっ黒な鯨やくちばしの尖ったキスも出来ないような鷹に食べられるよりも仁慈あるビジテリアン諸氏に泪をほろほろそそがれて喰べられた方がいいと云わないだろうか。それから今度は菜食だからって一向安心にならない。農業の方では害虫の・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・d so I decided to stay in too ! My dearest “Chame”, I don't deserve your love: I don't deserve your kiss, and I don't de・・・ 宮本百合子 「「黄銅時代」創作メモ」
・・・お前が出したものは出したと云って、あやまりさえすればすぐ帰すって、警視庁の人が云っているんじゃないか!」 顔は熱いまんま、腹の底から顫えが起って来た。「そんなことを云いに来たの?」「そんな恐ろしい顔をして……マァ考えて御覧……」・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・というお座なりで帰す訳には行かない気がするのであった。 夜は段々と更けて来た。どこかで十時を打った。あたりは静かなので雨戸の外から聞えるその時計の音が、明るい室内のゆとりない空気を一層強く意識させた。その時まで暫く黙ってぼんやり考え・・・ 宮本百合子 「沈丁花」
・・・「帰す帰すって云ってとめておこうかしらん。」 こんな事さえ思った。 それでもまさかそんな事も出来ないから遠縁の親類へいつもの注文通り、 二十二三の少しは教育のあるみっともなくないのをたのんでやった。 も一方先に頼んだ・・・ 宮本百合子 「蛋白石」
出典:青空文庫