・・・と奥で嗄た声がして、続て咳嗽がして、火鉢の縁をたたく煙管の音が重く響いた。「この乱暮さを御覧なさい、座る所もないのよ。」と主人の少女はみしみしと音のする、急な階段を先に立て陞って、「何卒ぞ此処へでも御座わんなさいな。」 と其処ら・・・ 国木田独歩 「二少女」
・・・労働者、農民の若者を××に引きずりこんで、誰れ彼れの差別なく同じ××を着せる。人間を一ツの最も使いいゝ型にはめこんでしまおうとする。そうして、労働者農民の群れは、鉄砲をかついで変装行列のような行列をやりだす。――これは、帝国主義ブルジョアジ・・・ 黒島伝治 「反戦文学論」
・・・ がた/\の古馬車と、なたまめ煙管をくわえた老馭者は、乗合自動車と、ハイカラな運転手に取ってかわられた。 自動車は、くさい瓦斯を路上に撒いた。そして、路傍に群がって珍らしげに見物している子供達をあとに、次のB村、H村へ走った。・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・叔母の肩をば揉んでいる中、夜も大分に更けて来たので、源三がつい浮りとして居睡ると、さあ恐ろしい煙管の打擲を受けさせられた。そこでまた思い切ってその翌朝、今度は団飯もたくさんに用意する、銭も少しばかりずつ何ぞの折々に叔父に貰ったのを溜めておい・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・びたい盛り山村君どうだねと下地を見込んで誘う水あれば、御意はよし往なんとぞ思う俊雄は馬に鞭御同道仕つると臨時総会の下相談からまた狂い出し名を変え風俗を変えて元の土地へ入り込み黒七子の長羽織に如真形の銀煙管いっそ悪党を売物と毛遂が嚢の錐ずっと・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・その娵は皆の話の仲間入をしようとして女持の細い煙管なぞを取り出しつつある。二階の欄のところには東京を見物顔なお新も居る。そこはおげんの伜が東京の方に持った家で、夏らしい二階座敷から隅田川の水も見えた。おげんが国からお新を連れてあの家を見に行・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・ この教員室の空気の中で、広岡先生は由緒のありそうな古い彫のある銀煙管の音をポンポン響かせた。高瀬は癖のように肩を動って、甘そうに煙草を燻して、楼階を降りては生徒を教えに行った。 ある日、高瀬は受持の授業を終って、学士の教室の側を通・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
十四、五になる大概の家の娘がそうであるように、袖子もその年頃になってみたら、人形のことなぞは次第に忘れたようになった。 人形に着せる着物だ襦袢だと言って大騒ぎした頃の袖子は、いくつそのために小さな着物を造り、いくつ小さ・・・ 島崎藤村 「伸び支度」
・・・「そんなものを私に着せるのですか」「でもほかにはないんですもの」と肩へかける。「それでも洋服とは楽でがんしょうがの」と、初やが焜炉を煽ぎながらいう。羽織は黄八丈である。藤さんのだということは問わずとも別っている。「着物が少し・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・恩を着せるようにとられても厭ですが、自分は君の短篇集をちょっと覗いてみて、安心していいものがあるように思われましたから、気も軽くなって不取敢お礼を差し上げたのです。お礼の言葉が短かすぎて君はたいへん不満のようですが、お礼には、誠実な「ありが・・・ 太宰治 「風の便り」
出典:青空文庫