・・・ 最後の記念と云う意味もあるし、――」「誰のためにですか?」「誰と云う事もないが、――我々始めN閣下の最後の顔は見たいじゃないか?」「それは少くともN将軍は、考うべき事ではないと思うのです。僕は将軍の自殺した気もちは、幾分かわか・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・哀そうなのは後に残ったお敏で、これは境の襖の襖側にぴったりと身を寄せたまま、夏外套や麦藁帽子の始末をしようと云う方角もなく、涙ぐんだ涼しい眼に、じっと天井を仰ぎながら、華奢な両手を胸へ組んで、頻に何か祈念でも凝らしているように見えたそうです・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・千二百十二年の三月十八日、救世主のエルサレム入城を記念する棕櫚の安息日の朝の事。 数多い見知り越しの男たちの中で如何いう訳か三人だけがつぎつぎにクララの夢に現れた。その一人はやはりアッシジの貴族で、クララの家からは西北に当る、ヴィヤ・サ・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・たいへんやさしい王子であったのが、まだ年のわかいうちに病気でなくなられたので、王様と皇后がたいそう悲しまれて青銅の上に金の延べ板をかぶせてその立像を造り記念のために町の目ぬきの所にそれをお立てになったのでした。 燕はこのわかいりりしい王・・・ 有島武郎 「燕と王子」
縁日 柳行李 橋ぞろえ 題目船 衣の雫 浅緑記念ながらと散って、川面で消えたのが二ツ三ツ、不意に南京花火を揚げたのは寝ていたかの男である。 斉しく左右へ退いて、呆気に取られた連の両人を顧みて・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・「妻の記念だったのです。二人の白骨もともに、革鞄の中にあります。墓も一まとめに持って行くのです。 感ずる仔細がありまして、私は望んで僻境孤立の、奥山家の電信技手に転任されたのです。この職務は、人間の生活に暗号を与えるのです。一種絶島・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・母の初七日のおり境内へ記念に植えた松の木杉の木が、はや三尺あまりにのびた、父の三年忌には人の丈以上になるのであろう。畑の中に百姓屋めいた萱屋の寺はあわれにさびしい、せめて母の記念の松杉が堂の棟を隠すだけにのびたらばと思う。 姉がまず水を・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
・・・しかし、向うが黴毒なら、こちらはヒステリ――僕は、どちらを向いても、自分の耽溺の記念に接しているのだ。どこまで沈んで行くつもりだろう?「まだ耽溺が足りない」これは、僕の焼けッ腹が叫ぶ声であった。 革鞄をあけて、中の書物や書きかけの原・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
震火で灰となった記念物の中に史蹟というのは仰山だが、焼けてしまって惜まれる小さな遺跡や建物がある。淡島寒月の向島の旧庵の如きその一つである。今ではその跡にバラック住いをして旧廬の再興を志ざしているが、再興されても先代の椿岳の手沢の・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ 娘は、赤いろうそくを、自分の悲しい思い出の記念に、二、三本残していったのであります。五 ほんとうに穏やかな晩のことです。おじいさんとおばあさんは、戸を閉めて、寝てしまいました。 真夜中ごろでありました。トン、トン、・・・ 小川未明 「赤いろうそくと人魚」
出典:青空文庫