・・・国文学研究の正道に立って、古典が文学外の力に利用されることに疑義を挾むぐらい、真に気魄をもって国文学を研究する人は尠い。明治以来今日迄のヨーロッパ文学研究の盛んなのとその影響力に対して、或る種の国文学研究者は、自身の態度として、反動である可・・・ 宮本百合子 「文学上の復古的提唱に対して」
・・・それが手軽く今度は南洋へという風に動くのも、文学の必然の稀薄さのあらわれと云える。それならば、農民の生活を描こうとする作家は、みんなそれぞれの故郷の田舎に一人の農民としての日々を暮しつつ、その上で作品をかいて行ったらよいだろうと思えるし、そ・・・ 宮本百合子 「文学と地方性」
・・・自由民権の云われた時代の作物が、今日なお面白く、或る気魄によって読ませるのは、筆者の全生活がかかる社会的現実の上に活きていたからである。当時の文筆家は、実際に新興ブルジョアジーが最も必要とした文明開化の輸入者、供給者、啓蒙者であった。所謂要・・・ 宮本百合子 「文学における今日の日本的なるもの」
・・・よって一層切迫した現段階において、特に近づきつつある人民革命の歴史的意義を規定する明治維新から取材し現実の闘争のもっとも必要なモメントとして描かるべき歴史小説としては、方法論的に不充分であり、階級性が稀薄であるという結論に概括される。「・・・ 宮本百合子 「文学に関する感想」
・・・の内省と苦悩とが真に読者の肺腑をつく態の真摯な人間的情熱を欠いているところに、この作品の稀薄さが在るのである。 人道主義的なセンチメンタリズムを蹴たおして、仮借なく現実を踏み越えて生きようとする気組も、作品として十分の落付いた肉づけ、客・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
・・・しかし女としては、と女に向けられた面での言葉は、決して四十何年か前、福沢諭吉が気魄をこめて女子を励ました、そのような人間独立自尊の精神の力はこめられていない。貝原益軒の「女大学」を評して、常に女に与えられている「仕える」という言葉を断じて許・・・ 宮本百合子 「三つの「女大学」」
・・・ている青年男女の体格低下の問題や、婦人労働者の退職手当金の問題、又頻々たる心中事件の意味など、恋愛論が、恋愛論の枠の中を廻っていただけでは解決し得ぬ先行的事情が、附随してとりあげられなければ、実際性は稀薄なのである。ひとは「物云わねば腹ふく・・・ 宮本百合子 「もう少しの親切を」
・・・この要求を抱いて院展の諸画に対する時、我らはその人格的香気のあまりにも希薄なのに驚かされる。たまたま強い香気があるとすれば、それはコケおどしに腐心する山気の匂いであり、筆先の芸当に慢心する凝固の臭いであって、真に芸術家らしい独自な生命燃焼の・・・ 和辻哲郎 「院展日本画所感」
・・・ しかしこの直接印象の希薄は、想像力の集中と、省察の緊張とによって、ある程度まで救うことができる。そうしてそれは我々日本人が世界的潮流に遅れないために不断に努力すべき所である。 ヨーロッパ人は今異常に苦しんでいる。日本人はその苦しみ・・・ 和辻哲郎 「世界の変革と芸術」
・・・お前の体験はそれほどに希薄だ。 しかし私は答える。歓喜を産む可能性のない苦患は「生きている人」にはあり得ない。苦患の色を帯びない歓喜は「生に触れない人」にのみあり得る。そのような苦患と歓喜とは、息をしている死人や腐った頽廃者などの特権だ・・・ 和辻哲郎 「ベエトォフェンの面」
出典:青空文庫