・・・みんなの希望まで、自分の生命の中に宿して、大空に高く枝を拡げて、幾万となく群がった葉の一つ一つに日光を浴びなければならないと思いましたが、それはまだ遠いことでありました。 最初、この木の芽の生えたのを見つけたものは、空を渡る雲でありまし・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
・・・君のその希望は君の意志をまつまでもなくかなえられるだろう。何故なら学校では君の卒業は許さぬことに決定している。理由は三つある。一つ欠席日数超過、二つ教師の反感を買っていること、三つ心身共に堕落していること、例えば髪の毛が長すぎる云々。 ・・・ 織田作之助 「髪」
・・・それで、今度の笹川君の労作にかかる長編の出版されるについては、私たち友人としては、なるべく多くの人気の出ることを、希望しないわけには行きません。それで笹川君のために、私たち友人が寄ってこういう会を催そうというような話は先からあるにはあったの・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・ コロコロ、コロコロ、彼の小さな希望は深夜の空気を清らかに顫わせた。 六 窓からの風景はいつの夜も渝らなかった。喬にはどの夜もみな一つに思える。 しかしある夜、喬は暗のなかの木に、一点の蒼白い光を見出した。い・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・げにこの天をまなざしうとく望みて永久の希望語らいし少女と若者とは幸いなりき。 池のかなたより二人の小娘、十四と九つばかりなるが手を組みて唄いつつ来たるにあいぬ。一目にて貧しき家の児なるを知りたり。唄うはこのごろ流行る歌と覚しく歌の意はわ・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・『キリスト教の本質』を書いたフォイエルバッハの人間の共同生活態という美しい、人類の輝かしい希望をつなぐ理念を物的の意味に引き下してしまって何の役に立つのであろう。資本主義制度はもとより悪い。道徳的意味においてこれは呪詛されねばならぬ。われわ・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・モスクワへ行きたい希望を抑えることができなかった。黒河に住んで一年になる。いつか、ブラゴウエシチェンスクにも、顔見知りが多くなっていた。 黒竜江にはところどころ結氷を破って、底から上ってくる河水を溜め、荷馬車を引く、咽頭が乾いた馬に水を・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・おそらくは、彼らのなかに一人でも、永遠の命はおろか、大隈伯のように、百二十五歳まで生きられるだろうと期待し、生きたいと希望している者すらあるまい。いな、百歳・九十歳・八十歳の寿命すらも、まずはむつかしいとあきらめているのが多かろうと思う。は・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・「桜井先生や、広岡先生には、せめて御住宅ぐらいを造って上げたいのが、私共の希望なんですけれど……町のために御苦労願って……」 とその人は畠に居て言った。 別れを告げて、高瀬が戻りかける頃には、壮んな蛙の声が起った。大きな深い千曲・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・彼の両親は、長い間散々種々やって見た揚句、到頭、彼もいつかは一人前の男に成るだろうと云う希望を、すっかり棄てて仕舞いました。一体、のらくら者と云うものは、家の者からこそ嫌がられますけれども、他処の人々は、誰にでも大抵気に入られると云う得を持・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
出典:青空文庫