・・・と、気味悪そうに返事をすると、匆々行きそうにするのです。「まあ、待ってくれ。そうしてその婆さんは、何を商売にしているんだ?」「占い者です。が、この近所の噂じゃ、何でも魔法さえ使うそうです。まあ、命が大事だったら、あの婆さんの所なぞへ・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・小屋の中にはどんな野獣が潜んでいるかも知れないような気味悪さがあった。赤坊の泣き続ける暗闇の中で仁右衛門が馬の背からどすんと重いものを地面に卸す音がした。痩馬は荷が軽るくなると鬱積した怒りを一時にぶちまけるように嘶いた。遙かの遠くでそれに応・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ある。怪しく動かない物である。言わば内容のない外被である。ある気味の悪い程可笑しい、異様な、頭から足まで包まれた物である。 フレンチは最後の刹那の到来したことを悟った。今こそ全く不可能な、有りそうにない、嫌な、恐ろしい事が出来しなくては・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・ちょいと気味の悪いものだよ」 で、なんとなく、お伽話を聞くようで、黄昏のものの気勢が胸に染みた。――なるほど、そんなものも居そうに思って、ほぼその色も、黒の処へ黄味がかって、ヒヤリとしたものらしく考えた。 後で拵え言、と分かったが、・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・二人の姉共と彼らの母とは、この気味の悪い雨の夜に別れ別れに寝るのは心細いというて、雨を冒し水を渡って茶室へやって来た。 それでも、これだけの事で済んでくれればありがたいが、明日はどうなる事か……取片づけに掛ってから幾たびも幾たびもいい合・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・ときく様子は腰や足がとくにちゃんと止まって居られない様にフラフラして気味がわるいので皆んな何とも云わずに家へ逃げかえってしまった、その中にたった一人岩根村の勘太夫の娘の小吟と云うのはまだ九つだったけれ共にげもしないでおとなしく、「もう少し行・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・どうともなるようになれ、自分は、どんな難局に当っても、消えることはなく、かえってそれだけの経験を積むのだと、初めから焼け気味のある僕だから、意地にもわざと景気のいい手紙を書き、隣りの芸者にはいろいろ世話になるが、情熱のある女で――とは、その・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・服装も書生風よりはむしろ破落戸――というと語弊があるが、同じ書生風でも堕落書生というような気味合があった。第一、話題が以前よりはよほど低くなった。物質上にも次第に逼迫して来たからであろうが、自暴自棄の気味で夜泊が激しくなった。昔しの緑雨なら・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・この辺の家の窓は、五味で茶色に染まっていて、その奥には人影が見えぬのに、女の心では、どこの硝子の背後にも、物珍らしげに、好い気味だというような顔をして、覗いている人があるように感ぜられた。ふと気が付いて見れば、中庭の奥が、古木の立っている園・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・「どんなに、気味の悪いことか。」と、二人は、こういって笑いました。 子供は、この話を帰ったら、父や、山の木や、鳥に、話してやろうと思いました。 子供は、街を歩いていますと、鳥屋がありました。大きな台の上で、男が、三人も並んで、ぴ・・・ 小川未明 「あらしの前の木と鳥の会話」
出典:青空文庫