・・・小説家 ええ、五時の急行に乗る筈なのです。編輯者 するともう出発前には、半時間しかないじゃありませんか?小説家 まあそう云う勘定です。編輯者 では小説はどうなるのですか?小説家 (いよいよ悄気僕もどうなるかと思っているの・・・ 芥川竜之介 「奇遇」
・・・当時大学の学生だった本間さんは、午後九時何分かに京都を発した急行の上り列車の食堂で、白葡萄酒のコップを前にしながら、ぼんやりM・C・Cの煙をふかしていた。さっき米原を通り越したから、もう岐阜県の境に近づいているのに相違ない。硝子窓から外を見・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・これは二時三十分には東京へはいる急行車である。多少の前借を得るためにはこのまま東京まで乗り越せば好い。五十円の、――少くとも三十円の金さえあれば、久しぶりに長谷や大友と晩飯を共にも出来るはずである。フロイライン・メルレンドルフの音楽会へも行・・・ 芥川竜之介 「十円札」
・・・昨十八日午前八時四十分、奥羽線上り急行列車が田端駅附近の踏切を通過する際、踏切番人の過失に依り、田端一二三会社員柴山鉄太郎の長男実彦(四歳が列車の通る線路内に立ち入り、危く轢死を遂げようとした。その時逞しい黒犬が一匹、稲妻のように踏切へ飛び・・・ 芥川竜之介 「白」
・・・「それで、僕等の後備歩兵第○聨隊が、高須大佐に導かれて金州半島に上陸すると、直ぐ鳳凰山を目がけて急行した。その第五中隊第一小隊に、僕は伍長として、大石軍曹と共に、属しておったんや。進行中に、大石軍曹は何とのうそわそわして、ただ、まえの方・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・ゆえにわれわれがもし事業を遺すことができずとも、二宮金次郎的の、すなわち独立生涯を躬行していったならば、われわれは実に大事業を遺す人ではないかと思います。 私は時が長くなりましたからもうしまいにいたしますが、常に私の生涯に深い感覚を与え・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・けて、一昨日ほとんどだしぬけに嫂さんところへ行ってすぐ夜汽車で来るつもりだったんでしょうがね、夜汽車は都合がわるいと止められたんで、一昨日の晩は嫂さんところへ泊って、昨日青森まで嫂さんに送られて一時の急行で発ってきたんだそうですがね、私の方・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・ 十七日午後一時上野発の本線廻りの急行で、私と弟だけで送って行くことになった。姉夫婦は義兄の知合いの家へ一晩泊って、博覧会を見物して帰るつもりで私たちより一足さきに出かけた。私たちは時間に俥で牛込の家を出た。暑い日であった。メリンスの風・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
・・・そのままの普段着で両親の家へ、急行に乗って、と彼は涙の中に決心していた。 梶井基次郎 「過古」
・・・ イワンは、さきに急行している中隊に追いつくために、手綱をしゃくり、鞭を振りつづけた。橇は雪の上に二筋の平行した滑桁のあとを残しつつ風のように進んだ。イワンのあとに他の二台がつづいていた。それにも将校が乗っている。土地が凹んだところへ行・・・ 黒島伝治 「橇」
出典:青空文庫