・・・母の考えでは、夫が侍であるから、弓矢の神の八幡へ、こうやって是非ない願をかけたら、よもや聴かれぬ道理はなかろうと一図に思いつめている。 子供はよくこの鈴の音で眼を覚まして、四辺を見ると真暗だものだから、急に背中で泣き出す事がある。その時・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・て自から封建社会の秩序に適合せしめ、又間接に其秩序を幇助せしめたるが如き、一種特別なる時勢の中に居て立案執筆したる女大学なれば、其所論今日より見ればこそ奇怪なれども、当年に在ては決して怪しむに足らず。弓矢鎗剣、今の軍器としては無用の長物、唯・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・草食獣にある臼歯もあれば肉食類の犬歯もある。混食をしているのが人類には一番自然である。そう出来てるのだから仕方ない。それをどう斯う云うのは恩恵深き自然に対して正しく叛旗をひるがえすものである。よしたまえ、ビジテリアン諸君、あんまり陰気なおま・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・このことは、とりもなおさず、過去の文学の休止符はどの辺でうたれたかというきびしい現実を示す一方、この数年の間、日本の民衆生活内部にある若々しく貴重な創造力が、どれほど徹底的に圧殺されてきたかということを証明している。 作家たちは、自分た・・・ 宮本百合子 「歌声よ、おこれ」
・・・ソヴェトでは働く婦人の健康の特にこの点を注意して、新しく制定された工場の規定では、これまで一時間あった昼休みの外に午前と午後、或る時間内機械を休止させ、就業中窓をしめているところでは窓をあけ、皆そろって深呼吸と簡単な全身の体操をすることにな・・・ 宮本百合子 「昨今の話題を」
・・・キューピッドという彼女の男の子は、いつも恋の使として、金の弓矢をもってヴィナスのそばにいるとしても、ヴィナスの母としての人生、妻としての人生などは見たことがない。彼女は多く裸体で、女性の美しさを発揮しながら、必ず無為の姿であらわされている。・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
・・・は教員養成所の老猾な旧師を中心に、若い人々の真摯な探求心を殺し、卑屈な人生の出発をよぎなくされた青年の苦悩を真面目にとりあげている。 けれども、文学の作品とすると、もうすこし主人公の、よりよく生きたいと希う人間らしい心もちそのものの中か・・・ 宮本百合子 「選評」
・・・暴れる時は、天地の軸が歪みそうで、天帝の眉さえ顰む程だが、必ずあとに、休止と云うものが従っている。 私は始めもなければ終りもない。夜も昼も区別をしない働き手です。余り身軽で、静かで、伴う物音がないから、時々行方をくらましたとさえ思われ・・・ 宮本百合子 「対話」
・・・再び人間は統一へ、霊と肉との調和をもってしかも休止し、妥協することない活動へ向う時代にさしかかっている。 ドストイェフスキーの考えかたをふえんすれば「現代は個々の精神が彼の時代におけるような循環的混沌の中に上下していられないほど、精・・・ 宮本百合子 「ツワイク「三人の巨匠」」
・・・狩りのえものがあって何日かは食べるものの心配から解放されたとき男は自分の好きな女の小舎に入って、外に自分の弓矢をかけておくのが習慣であった。部落のほかの男たちは、そこに一対の弓矢がかけられている間は、その持主に良人の位置を認めるわけである。・・・ 宮本百合子 「貞操について」
出典:青空文庫