・・・この四月以来市場には、前代未聞だと云う恐慌が来ている。現に賢造の店などでも、かなり手広くやっていた、ある大阪の同業者が突然破産したために、最近も代払いの厄に遇った。そのほかまだ何だ彼だといろいろな打撃を通算したら、少くとも三万円内外は損失を・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・「よろしゅうござりまする、しかと向後は慎むでございましょう。」「おお、二度と過をせぬのが、何よりじゃ。」 佐渡守は、吐き出すように、こう云った。「その儀は、宇左衛門、一命にかけて、承知仕りました。」 彼は、眼に涙をためな・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・翁の果報は、やがて御房の堕獄の悪趣と思召され、向後は……」「黙れ。」 阿闍梨は、手頸にかけた水晶の念珠をまさぐりながら、鋭く翁の顔を一眄した。「不肖ながら道命は、あらゆる経文論釈に眼を曝した。凡百の戒行徳目も修せなんだものはない・・・ 芥川竜之介 「道祖問答」
・・・私はそれを諸君全体に寄付して、向後の費途に充てるよう取り計らうつもりでいます。 つまり今後の諸君のこの土地における生活は、諸君が組織する自由な組合というような形になると思いますが、その運用には相当の習練が必要です。それには、従来永年この・・・ 有島武郎 「小作人への告別」
・・・日清戦争の始まろうという際に成ったのであるが、当時における文士生活の困難を思うにつけ、日露開戦の当初にもまたあるいは同じ困難に陥りはせぬかという危惧からして、当時の事を覚えている文学者仲間には少からぬ恐慌を惹き起し、額を鳩めた者もなきにしも・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・少い人たち二人の処、向後はともあれ、今日ばかりは一杯でなしに、一口呑んだら直ぐに帰って、意気な親仁になれと云う。の、婆々どののたっての頼みじゃ。田鼠化為鶉、親仁、すなわち意気となる。はッはッはッ。いや。当家のお母堂様も御存じじゃった、親仁こ・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・餓えてや弱々しき声のしかも寒さにおののきつつ、「どうぞまっぴら御免なすって、向後きっと気を着けまする。へいへい」 と、どぎまぎして慌ておれり。「爺さん慌てなさんな。こう己ゃ巡査じゃねえぜ。え、おい、かわいそうによっぽど面食らった・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・殊に、現在の、深刻な農業恐慌の下で、負担のやり場を両肩におッかぶせられて餓死しないのがむしろ不思議な農民の生活、合法無産政党を以て労農提携の問題をごま化し去ろうとする社会民主主義者共の偽まんを突破して真に階級性を持った提携に向って進んでいる・・・ 黒島伝治 「農民文学の問題」
・・・そんな者もあった。恐慌が来た。うまい儲けにありつけると思って、田を荒らして、待ちかまえていた。それだのに、そのあてがはずれてしまった。呆然とした。 新規の測量で、新しく敷地にかゝったものは喜んだ。地主も、自作農も、――土地を持っている人・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・ハッと気が付いて、「しまった。向後気をつけます、御免なさいまし」と叩頭したが、それから「片鐙の金八」という渾名を付けられたということである。これは、もとより片方しかなかった鐙を、深草で値を付けさせて置いて、捷径のまわり道をして同じその鐙を京・・・ 幸田露伴 「骨董」
出典:青空文庫