・・・のごときも拝見しておらん。向後花袋君及びその他の諸君の高説に対して、一々御答弁を致す機会を逸するかも知れない。その時漱石は花袋君及びその他の諸君の高説に御答弁ができかねるほど感服したなと誤解する疎忽ものがあると困る。ついでをもって、必ずしも・・・ 夏目漱石 「田山花袋君に答う」
・・・満槽の湯は一度に面喰って、槽の底から大恐惶を持ち上げる。ざあっざあっと音がして、流しへ溢れだす。「ああいい心持ちだ」と圭さんは波のなかで云った。「なるほどそう遠慮なしに振舞ったら、好い心持に相違ない。君は豪傑だよ」「あの隣りの客・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・「なにこのくらい強硬にしないと増長していけない」「僕がかい」「なあに世の中の奴らがさ。金持ちとか、華族とか、なんとかかとか、生意気に威張る奴らがさ」「しかしそりゃ見当違だぜ。そんなものの身代りに僕が豆腐屋主義に屈従するなたま・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・ そこで私は明治以前の道徳をロマンチックの道徳と呼び明治以後の道徳をナチュラリスチックの道徳と名づけますが、さて吾々が眼前にこの二大区別を控えて向後我邦の道徳はどんな傾向を帯びて発展するだろうかの問題に移るならば私は下のごとくあえて云い・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・意識の分化と統一とはこの根本的傾向から自然と発展して参ります。向後どこまで分化と統一が行われるかほとんど想像がつかない。しかしてこれに応ずる官能もどのくらい複雑になるか分りません。今日では目に見えぬもの、手に触れる事のできぬもの、あるいは五・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・ある時大臣の夜会か何かの招待状を、ある手蔓で貰いまして、女房を連れて行ったらさぞ喜ぶだろうと思いのほか、細君はなかなか強硬な態度で、着物がこうだの、簪がこうだのと駄々を捏ねます。せっかくの事だから亭主も無理な工面をして一々奥さんの御意に召す・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
近頃は大分方々の雑誌から談話をしろしろと責められて、頭ががらん胴になったから、当分品切れの看板でも懸けたいくらいに思っています。現に今日も一軒断わりました。向後日本の文壇はどう変化するかなどという大問題はなかなか分りにくい・・・ 夏目漱石 「文壇の趨勢」
・・・三重吉は文鳥のためにはなかなか強硬である。 それをはいはい引受けると、今度は三重吉が袂から粟を一袋出した。これを毎朝食わせなくっちゃいけません。もし餌をかえてやらなければ、餌壺を出して殻だけ吹いておやんなさい。そうしないと文鳥が実のある・・・ 夏目漱石 「文鳥」
・・・もし私の推察通り大した貧民はここへ来ないで、むしろ上流社会の子弟ばかりが集まっているとすれば、向後あなたがたに附随してくるもののうちで第一番に挙げなければならないのは権力であります。換言すると、あなた方が世間へ出れば、貧民が世の中に立った時・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・ 最近十数年の間戦争を強行し、非常な迅さで崩壊の途を辿った今日までの日本で、新聞がどういうものであったかは、改めて云う必要さえもない。わたし達は本来の意味では新聞というものを持たずに、何年かを過させられたのであった。 ところで面白い・・・ 宮本百合子 「明日への新聞」
出典:青空文庫