・・・その証拠には、こんど第二次大戦に勝った強大国が、負けた諸国と無関係に自分の国の内だけの繁栄をたのしんでいられない有様を見てもわかる。 第一次大戦のとき、連合国の一つとして最も少い損害をうけたのはアメリカであった。第二次大戦で、最も僅かの・・・ 宮本百合子 「便乗の図絵」
・・・ けれども、人類の認識の範囲が拡大し、個人の意識が人生に向ってより多様複雑な綜合的人格として働きかけるようになって来ると、一方に於て社会性が強大になるに伴って人間の個性が顕著になって来る。 一個の社会を形ち造る以上、個々人は決して連・・・ 宮本百合子 「深く静に各自の路を見出せ」
・・・どんなに立派なことをいっても金を儲けることが目的で、婦人作家を強大にするにしろ自分の利益と見合せてのことです。一番ひどい場合は、今から七、八年前になりますか、女の作家が非常にたくさんいろいろの仕事をした時代がありますが、ちょうど太平洋戦争の・・・ 宮本百合子 「婦人の創造力」
・・・規律正しい練習、健康法、その他の勉強をしてゆくに強大な忍耐と意志と聰明さがいる。そして、そういう音楽勉強の許される経済事情が必要であるのは明らかだ。それにしても、文学的創作をやってゆく場合より、女性としての自然の生理的条件が、遙かにひろい基・・・ 宮本百合子 「プロレタリア婦人作家と文化活動の問題」
・・・殉死する本人や親兄弟妻子は言うまでもなく、なんの由縁もないものでも、京都から来るお針医と江戸から下る御上使との接待の用意なんぞはうわの空でしていて、ただ殉死のことばかり思っている。例年簷に葺く端午の菖蒲も摘まず、ましてや初幟の祝をする子のあ・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・と駆り集められては親兄弟には涙の水杯で暇乞い。「しかたがない。これ、忰。死人の首でも取ッてごまかして功名しろ」と腰に弓を張る親父が水鼻を垂らして軍略を皆伝すれば、「あぶなかッたら人の後に隠れてなるたけ早く逃げるがいいよ」と兜の緒を緊めてくれ・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・何ぜなら、コルシカの平民ナポレオンが、オーストリアの皇女ハプスブルグのかくも若く美しき娘を持ち得たことは、彼がヨーロッパ三百万の兵士を殺して贏ち得た彼の版図の強大な力であったから。彼はルイザを見たと同時に、油を注がれた火のようにいよいよロシ・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・ 家へ走り帰ると直ぐ吉は、鏡台の抽出から油紙に包んだ剃刀を取り出して人目につかない小屋の中でそれを研いだ。研ぎ終ると軒へ廻って、積み上げてある割木を眺めていた。それからまた庭に這入って、餅搗き用の杵を撫でてみた。が、またぶらぶら流し元ま・・・ 横光利一 「笑われた子」
・・・夏目先生はカラマゾフ兄弟のある点をディクンスに比して非難された。その時私は承服し兼ねたが、しかし考えてみると私はディクンスの本体を知らない。それにドストイェフスキイには浪漫派らしい弱点がある。恐らく夏目先生の非難は当たっているのだろう。・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
・・・すなわち享楽人はその享楽において広汎かつ強大な能力を持たなくてはならぬ。 享楽の対象は自然と人生の一切である。従って享楽はどの隅にもあり得る。しかし我々は金をためること、肉欲にふけることを無上の悦楽とする「高利貸的人間」が、広汎な享楽の・・・ 和辻哲郎 「享楽人」
出典:青空文庫