・・・本の伝統的小説である身辺小説のように、簡素、単純で、伝統が作った紋切型の中でただ少数の細かいニュアンスを味っているだけにすぎず、詩的であるかも知れないが、散文的な豊富さはなく、大きなロマンや、近代的な虚構の新しさに発展して行く可能性もなく、・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・一刀三拝式の私小説家の立場から、岡本かの子のわずかに人間の可能性を描こうとする努力のうかがわれる小説をきらいだと断言する上林暁が、近代小説への道に逆行していることは事実で、偶然を書かず虚構を書かず、生活の総決算は書くが生活の可能性は書かず、・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・談の中に出て来る人には名高い人もあり、勿論虚構の談ではないと考えられるのである。 定窯といえば少し骨董好きの人なら誰でも知っている貴い陶器だ。宋の時代に定州で出来たものだから定窯というのである。詳しく言えばその中にも南定と北定とあって、・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・その料理屋に於いて、この佳き日一日に挙行せられた結婚式は、三百組を越えたという。大隅君には、礼服が無かった。けれども、かれは豪放磊落を装い、かまわんかまわんと言って背広服で料理屋に乗込んだものの、玄関でも、また廊下でも、逢うひと逢うひと、こ・・・ 太宰治 「佳日」
・・・これは私の創作「虚構の春」のおしまいの部分に載っている手紙文であるが、もちろん虚構の手紙である。けれども事実に於いて大いに相違があっても、雰囲気に於いては、真実に近いものがあると言ってよいと思う。或る人その人から私によこした手紙のような形式・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・「随筆には虚構は、許されないのであって、」と書きかけて、あわてて破る。どうしても、言いたい事が一つ在るのだが、何気なく書けない。 目的の当の相手にだけ、あやまたず命中して、他の佳い人には、塵ひとつお掛けしたくないのだ。私は不器用で、何か・・・ 太宰治 「作家の像」
・・・というのや、また「虚構の春」などという作品を書いた。どうしてもその家から引き上げなければならなくなった日に、私は、たのむ! もう一晩この家に寝かせて下さい、玄関の夾竹桃も僕が植えたのだ、庭の青桐も僕が植えたのだ、と或る人にたのんで手放しで泣・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・「虚構の彷徨」という私の第二創作集に、この写真を挿入しました。カモノハシという動物に酷似していると言った友人がありました。また、ある友人はなぐさめて、ダグラスという喜劇俳優に似ている、おごれ、と言いました。とにかく、ひどく太ったものです。こ・・・ 太宰治 「小さいアルバム」
・・・それでは読者にすまぬと、所謂、虚構を案出する、そこにこそ作家の真の苦しみというものがあるのではなかろうか。所詮、君たちは、なまけもので、そうして狡猾にごまかしているだけなのである。だから、生命がけでものを書く作家の悪口を言い、それこそ、首く・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・ その他、来春、長編小説三部曲、「虚構の彷徨。」S氏の序文、I氏の装幀にて、出版。 この日、午後一時半、退院。汝らの仇を愛し、汝らを責むる者のために祈れ。天にいます汝らの父の子とならん為なり。天の父はその陽を悪しき者・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
出典:青空文庫