・・・ おとよさんは、みなりも心のとおりで、すべてがしっかりときりっとして見るもすがすがしいほどである。おはまはおとよさんを一も二もなく崇拝して、何から何までおとよさんをまねる。おはまはおとよさんの来たのを見るや、庭まで出ておとよさんを迎え、・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・背が高く、きりっと草履をはいて、足袋の恰好がよかった。傍へ来られると、坂田はどきんどきんと胸が高まって、郵便局の貯金をすっかりおろしていることなど、忘れたかった。印刷を請負うのにも、近頃は前金をとり、不意の活字は同業者のところへ借りに走って・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・ 黒く磨かれた、踵の高い靴で、彼女はきりっと、ブン廻しのように一とまわりして、丘の方へ行きかけた。「いや、うそだうそだ。今さっきほかの者が来てすっかり持って行っちゃったんだ。」 松木はうしろから叫んだ。「いいえ、いらないわ。・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・色が抜けるように白く、片方の眉がきりっとあがって、それからもう一方の眉は平静であった。眼はいくぶん細いようであって、うすい下唇をかるく噛んでいた。はじめ僕は、怒っているのだと思ったのである。けれどもそうでないことをすぐに知った。マダムはお辞・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・痩せて小柄で色が浅黒く、きりっとした顔立ちでしたが、無口で、あまり笑わず、地味で淋しそうな感じのするひとでした。「こちら、音楽家でしょう?」 僕の焼酎を飲む手つきを、ちらと見て、おかみはそう一こと言いました。来たな! と僕は思いまし・・・ 太宰治 「女類」
・・・頭も禿げていません。きりっとした顔をしていました。不潔な感じは、どこにもありません。この人が焼酎を飲んで地べたに寝るのかと不思議でなりませんでした。「小説の感じと、お逢いした感じとまるでちがいます。」私は気を取り直して言いました。「・・・ 太宰治 「恥」
・・・一重瞼の三白眼で、眼尻がきりっと上っている。鼻は尋常で、唇は少し厚く、笑うと上唇がきゅっとまくれあがる。野性のものの感じである。髪は、うしろにたばねて、毛は少いほうの様である。ふたりの老人にさしはさまれて、無心らしく、しゃがんでいる。私が永・・・ 太宰治 「美少女」
・・・に比べると、やはり、きりっと引きしまった美しい姿をしている。強い紫外線と烈しい低温とに鍛練された高山植物にはどれを見ても小気味のよい緊張の姿がある。これに比べると低地の草木にはどこかだらしのない倦怠の顔付が見えるようである。 帰りに、峰・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
・・・それから硬い板を入れた袴をはき、脚絆や草鞋をきりっとむすんで、種山剣舞連と大きく書いた沢山の提灯に囲まれて、みんなと町へ踊りに行ったのだ。ダー、ダー、ダースコ、ダー、ダー。踊ったぞ、踊ったぞ。町のまっ赤な門火の中で、刀をぎらぎらやらかしたん・・・ 宮沢賢治 「種山ヶ原」
・・・小さめなきりっとした愛らしい口元も、真面目に正面を見ている力のこもった眼差も。ふっくりした朗かな顔だち、真摯な誠実さのあらわれている風貌などお父さんそっくりです。金メダルを賞に貰って、マリアは女学校を卒業しました。が、その頃から益々切りつま・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人の命の焔」
出典:青空文庫