・・・と言うのはまっ赤な石炭の火が、私の掌を離れると同時に、無数の美しい金貨になって、雨のように床の上へこぼれ飛んだからなのです。 友人たちは皆夢でも見ているように、茫然と喝采するのさえも忘れていました。「まずちょいとこんなものさ。」・・・ 芥川竜之介 「魔術」
・・・の境に堪え得て一人で秋冬を送るのも、全体を通じて思い合さるる事ばかりであるが、可し、それもこれも判事がお米に対する心の秘密とともに胸に秘めて何事も謂わず、ただ憂慮わしいのは女の身の上、聞きたいのは婆が金貨を頂かせられて、――「それから、・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・そして中から、たくさんの金貨を盛った箱を、父親のねているまくらもとに持ってきました。父親はなにかいっていましたが、やがて半分ばかり床の中から体を起こして、やせた手でその金貨を三人の娘らに分けてやりました。 この光景を見たさよ子は、なんと・・・ 小川未明 「青い時計台」
・・・よく見ると、それは、みんな星ではなく、金貨に、銀貨に、宝石や、宝物の中に自分はすわっているのである。もう、こんなうれしいことはない。 彼は、りっぱな家を持って、その家の主人となっていました。 あくる日、木の枝でからすがなきました。ち・・・ 小川未明 「北の国のはなし」
・・・密輸入者が国外へ持ちだしたルーブル紙幣を金貨に換える換え場がなくなったのだ。 日本のブル新聞は、鮮銀と、漁業会社に肩を持って、ぎょうぎょうしげに問題を取り上げていた。 しかし、「そうだ、もっと早くから、ルーブル紙幣の暗黒売買を禁止し・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・骨董の佳い物おもしろい物の方が大判やダイヤモンドよりも佳くもあり面白くもあるから、金貨や兌換券で高慢税をウンと払って、釉の工合の妙味言うべからざる茶碗なり茶入なり、何によらず見処のある骨董を、好きならば手にして楽しむ方が、暢達した料簡という・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・旦に見て斬新となすもの夕には既に陳腐となっている。槿花の栄、秋扇の嘆、今は決して宮詩をつくる詩人の間文字ではない。わたしは既に帝国劇場の開かれてより十星霜を経たことを言った。今日この劇場内外の空気の果して時代の趨勢を観察するに足るものであっ・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・最高完全者としての神の観念は存在を含むという神の存在の証明は、百円の観念は百円の金貨ではないという如きを以て一言に排斥すべきではない。神はカント哲学の形式によって実在するというのではない。実在の根柢を何処までも論理的に考える時、私は「最高完・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
・・・ 独占資本の機構が、時々刻々にひき出す尨大な金貨の山におしあげられながら、自分をファシストだと認めない国際ファシストたちは、MRAのために資金を出し惜しまない。MRAの去年の大会には、二百人の代表が各国から招待されたばかりでなく、五十二・・・ 宮本百合子 「再武装するのはなにか」
・・・ 貴族、金持たちは、出来るだけの宝石、金貨をひっさらってオデッサから、ペテルブルグの波止場からフランスへ逃げた。 多くのブルジョア芸術家も逃げ出した。ギッピウスもフランスへ逃げた。彼女が海の彼方のブルジョアの国に居候しながら、革命の・・・ 宮本百合子 「プロレタリア婦人作家と文化活動の問題」
出典:青空文庫