・・・今度はぎゅうぎゅう押えつけられている。 いったい何をしているのだろう。なんだかひどいことをする。そう思って峻は目をとめた。 それが済むと今度は女の子連中が――それは三人だったが、改札口へ並ぶように男の児の前へ立った。変な切符切りがは・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・そうしてそれを豆腐の粕で以て上からぎゅうぎゅうと次第にこく。そうすると透き通るようにきれいになる。それを十六本、右撚りなら右撚りに、最初は出来ないけれども少し慣れると訳なく出来ますことで、片撚りに撚る。そうして一つ拵える。その次に今度は本数・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・そんなところでは、ただぎゅうぎゅうおされ/\て、やっと一寸二寸ずつうごいていくだけなので、目ざす広場へつくのに、平生なら二十分でいけるところを、二時間も三時間もかかったと言っていた人があります。ぐずぐずしているうちには後の方の人は見る見るむ・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・人は苦しくなると、神においのりするものでありますが、もっと、ぎゅうぎゅう苦しくなると、悪魔にさえ狂乱の姿で取り縋りたくなるものです。王子は、いま、せっぱ詰まって、魔法使いの汚い老婆に、手を合せんばかりにして頼み込んでいるのであります。「・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・尤も映画などで見ると今の人はそういう場合に吸殻で錐のように灰皿の真中をぎゅうぎゅう揉んだり、また吸殻をやけくそに床に叩きつけたりするようである。あれでも何もしないよりはましであろう。 自分は近来は煙草で癇癪をまぎらす必要を感じるような事・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・そこで腰に鉄鍋を当てて待構えていて、腰に触る怪物の手首をつかまえてぎゅうぎゅう捻じ上げたが、いくら捻じっても捻じっても際限なく捻じられるのであった。その時刻にそこから十町も下流の河口を船で通りかかった人が、何かしら水面でぼちゃぼちゃ音がして・・・ 寺田寅彦 「重兵衛さんの一家」
・・・ クリスマスの用意に鵞鳥をつかまえてひざの間にはさんで首っ玉をつかまえて無理に開かせた嘴の中へ五穀をぎゅうぎゅう詰め込む。これは飼養者の立場である。鵞鳥の立場を問題にする人があらばそれは天下の嘲笑を買うに過ぎないであろう。鵞鳥は商品であ・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・涙をこぼしながら、ひろ子は、大きいリュックを背負った男にうしろからぎゅうぎゅう押されていた。「――どうした?」 つり革にさがっている方の元禄袖で、重吉から半ば顔をかくすようにして黙りこんでしまったひろ子を重吉は見上げた。「しょげ・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・口が利けないまま、石川の着ている羅紗のもじりの袖を掴んでぎゅうぎゅう来た方に引張った。「来て下さい、直ぐ。よ! よ!」 ふと石川は火でも粗忽したのかと思い、「火か?」と訊いた。お君は、ふっくりした束髪の前髪がちぎれそうに首を・・・ 宮本百合子 「牡丹」
出典:青空文庫