・・・支那の黄河や揚子江に似た、銀河の浪音ではなかったのです。しかし私は歌の事より、文字の事を話さなければなりません。人麻呂はあの歌を記すために、支那の文字を使いました。が、それは意味のためより、発音のための文字だったのです。舟と云う文字がはいっ・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・しかし遠い宇宙の極、銀河のほとりに起っていることも、実はこの泥団の上に起っていることと変りはない。生死は運動の方則のもとに、絶えず循環しているのである。そう云うことを考えると、天上に散在する無数の星にも多少の同情を禁じ得ない。いや、明滅する・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・ 四 金石街道の松並木、ちょうどこの人待石から、城下の空を振向くと、陽春三四月の頃は、天の一方をぽっと染めて、銀河の横たうごとき、一条の雲ならぬ紅の霞が懸る。…… 遠山の桜に髣髴たる色であるから、花の盛には相・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ 茫となって、辻に立って、前夜の雨を怨めしく、空を仰ぐ、と皎々として澄渡って、銀河一帯、近い山の端から玉の橋を町家の屋根へ投げ懸ける。その上へ、真白な形で、瑠璃色の透くのに薄い黄金の輪郭した、さげ結びの帯の見える、うしろ向きで、雲のよう・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・ その方角には、淡く白い銀河が流れて、円く地平へ没していたのであります。 小川未明 「銀河の下の町」
・・・星の光は急に、遠くなって、また銀河の色は、見えるか見えぬほどのかすかさです。「自分の生活は、変わってしまったのだ。あの岩から引き離されたときは、枯れると思ったのがこうして生きるばかりでなく、あのあらしから、吹雪から、もう、まったく安心な・・・ 小川未明 「しんぱくの話」
・・・マストの上には銀河がぎらぎらと凄いように冴えて、立体的な光の帯が船をはすかいに流れている。しばらく船室に引込んでいて再び甲板へ出ると、意外にもひどい雨が右舷から面も向けられないように吹き付けている。寒暖二様の空気と海水の相戦うこの辺の海上で・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・煤煙にとざされた大都市の空に銀河は見えない代わりに、地上には金色の光の飛瀑が空中に倒懸していた。それから楼を下って街路へおりて見ると、なるほどきょうは盆の十三日で昔ながらの草市が立っている。 真菰の精霊棚、蓮花の形をした燈籠、蓮の葉やほ・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・この方則が電子間の距離まで適用されるだろうか。銀河の近辺までも同様であろうか。これに対する確答はまだない。 これらの引斥力が自乗反比例という簡単な言葉で表わされるのは驚くべき事であるというよりは、むしろかくのごとく簡単に云い表わし得る言・・・ 寺田寅彦 「方則について」
・・・苓は伏かくれ松露はあらはれぬ侘禅師乾鮭に白頭の吟を彫五七六調、五八六調、六七六調、六八六調等にて終六言を夕立や筆も乾かず一千言ほうたんやしろかねの猫こかねの蝶心太さかしまに銀河三千尺炭団法師火桶の穴より覗ひけ・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
出典:青空文庫