・・・公的な根拠において、国民負担による高給をうけとり、戦争手当をうけとり自分たちの何一つ不自由のない購買組合によってその妻子までを、戦時下の人民一般の苦境にふれる必要ない生活を営ませて来た以上、彼の一生は、公的に導びかれ解決されるべきであった。・・・ 宮本百合子 「逆立ちの公・私」
・・・けれども客観的にみればこれは日本の近代的重工業の生産力が全く立ち遅れている苦境を、若く、一つの情熱によって命を捨て得る青年の生命によって埋めて行こうとした軍事的手段であった。特攻隊に参加はしなかったが学徒動員と徴用とによって過去四、五年間日・・・ 宮本百合子 「青年の生きる道」
・・・の間に知っていて、しかも彼女が人間としてより自由な、より豊富な情操の発展として愛を望むと、その方向には既成社会が、貧困、無智、過労とともに下層階級の女の肩に一際重くなげかけている妻、母としての半奴隷的苦境が見える現実である。 アグネスは・・・ 宮本百合子 「中国に於ける二人のアメリカ婦人」
・・・興業師のマンネリズムがカッスル・ウォークの真価をみとめないで苦境におかれるという関係の面だけは後で説明しているけれども。 アステアの踊りの感覚からおしはかると、そういうピエロの悲しみが決して分らない男だとは思えない。監督が何か表面の筋に・・・ 宮本百合子 「表現」
・・・そういう中である日思いがけず高等室の机の上に『働く婦人』五月号を見つけた時の私の心持ちを察して下さい。苦境の中で編輯された跡がありありと感じられました。 つづいて六月十九日の「コップ」拡大協議会解散後の素晴らしいデモの様子を新聞で知り思・・・ 宮本百合子 「ますます確りやりましょう」
・・・を読んだ人は、おそらく梶という名で立ちあらわれている一人物を通して作家横光の複雑な苦境と混乱とそれに何とか恰好をつけようとしてとられている身振りの貧寒さを感ぜざるを得なかったであろうと思う。 この錯雑した作品の中にも、実感のある幾つかの・・・ 宮本百合子 「「迷いの末は」」
・・・あとに残ったのは究竟の若者ばかりである。弥五兵衛、市太夫、五太夫、七之丞の四人が指図して、障子襖を取り払った広間に家来を集めて、鉦太鼓を鳴らさせ、高声に念仏をさせて夜の明けるのを待った。これは老人や妻子を弔うためだとは言ったが、実は下人ども・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・学問も事業も究竟の目的は人情のためにするのだ。そういう意味のことが実に達意の文章で書いてある。あれを読んでわれわれは実に打たれた。ああいうふうに人生のことのよく解っている人ならば、あの哲学もよほど深いところのあるものに相違ない。そういう意味・・・ 和辻哲郎 「初めて西田幾多郎の名を聞いたころ」
・・・救われずして地獄の九圏の中に阿鼻叫喚しているはずの、たとえば歴山大王や奈翁一世のごとき人間がかえって人生究竟の地を示したか。これは未決問題である。宗教の信仰に救われて全能者の存在を霊妙の間に意識し断乎たる歩武を進めて Im schnen, ・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫