・・・ 品物といえば釘の折でも、屑屋へ売るのに欲い処。……返事を出す端書が買えないんですから、配達をさせるなぞは思いもよらず……急いで取りに行く。この使の小僧ですが、二日ばかりというもの、かたまったものは、漬菜の切れはし、黒豆一粒入っていませ・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・井戸水を貰っていた百姓家の人に訊いても、秋山さんが出入りしていた屑屋に訊いても判らない。 空には軽気球がうかんでいて、百貨店の大売出しの広告文字がぶらさがっていた。とぼとぼ河堀口へ帰って行く道、紙芝居屋が、自転車の前に子供を集めているの・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・昼は屑屋、夜は易者で、どちらももとの掛からぬぼろい商売だと言ってみたところで、いずれは一銭二銭の細かい勘定の商売だ。おまけに瞳は病気だというではないか。いまさき投げ出して行った金も、大晦日の身を切るような金ではなかったかと、坂田の黒い後姿が・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・だからお前さんさえ開閉を厳重に仕ておくれなら先ア安心だが、お前さんも知ってるだろう此里はコソコソ泥棒や屑屋の悪い奴が漂行するから油断も間際もなりや仕ない。そら近頃出来たパン屋の隣に河井様て軍人さんがあるだろう。彼家じゃア二三日前に買立の銅の・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・もしかしたら、屑屋に売ってくれてもいいなんて……」これほどの移りやすさが年若な娘の内に潜んでいようとは、私も思いがけなかった。でも、私も子に甘い証拠には、何かの理由さえあれば、それで娘のわがままを許したいと思ったのである。お徳に言わせると、・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・人から借りていた書籍はそれぞれ返却し、手紙やノオトも、屑屋に売った。「晩年」の袋の中には、別に書状を二通こっそり入れて置いた。準備が出来た様子である。私は毎夜、安い酒を飲みに出かけた。Hと顔を合わせて居るのが、恐しかったのである。そのころ、・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・「デカダンだよ。屑屋に売ってしまっても、いいんだけどもね。」「もったいない。」家内は一枚一枚きたながらずに調べて、「これなどは、純毛ですよ。仕立直しましょう。」 見ると、それは、あのセルである。私は戸外に飛び出したい程に狼狽した・・・ 太宰治 「服装に就いて」
・・・釘が十本たまれば、近くの屑屋へ持って行って一銭か二銭で売却した。花林糖を買うのである。あとになって父の蔵書がさらに十倍くらいのよい値で売れることを屑屋から教わり、一冊二冊と持ち出し、六冊目に父に発見された。父は涙をふるってこの盗癖のある子を・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・身分不相応な大熊手を買うて見た処で、いざ鎌倉という時に宝船の中から鼠の糞は落ちようと金が湧いて出る気遣はなしさ、まさか大仏の簪にもならぬものを屑屋だって心よくは買うまい。…………やがて次の熊手が来た。今度は二人乗のよぼよぼ車に窮屈そうに二人・・・ 正岡子規 「熊手と提灯」
・・・で坊主の代理をも勤め、屑屋をしながら夜はギリシャ哲学の本を読んでいるという山村という男である。山村は仙三が江沼を打殺して人に引かれていく姿を見ながら「馬鹿な奴だ。だからそんな良心なんか捨てちまえと言ったのに……」と泣けて泣けて仕様がなかった・・・ 宮本百合子 「ヒューマニズムへの道」
出典:青空文庫