・・・「わしは歌麻呂のかいた美人を認識したが、なんと画を活かす工夫はなかろか」とまた女の方を向く。「私には――認識した御本人でなくては」と団扇のふさを繊い指に巻きつける。「夢にすれば、すぐに活きる」と例の髯が無造作に答える。「どうして?」「わしの・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・事は新発明新工夫に非ず。成功の時機正に熟するものなり。一 言葉を慎みて多すべからず。仮にも人を誹り偽を言べからず。人の謗を聞ことあらば心に納て人に伝へ語べからず。譏を言伝ふるより、親類とも間悪敷なり、家の内治らず。 ・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・といろいろ工夫をする場合に、誰か余所で会った人とか、自分の予て知ってる者とかの中で、稍々自分の有ってる抽象的観念に脈の通うような人があるものだ。するとその人を先ず土台にしてタイプに仕上げる。勿論、その人の個性はあるが、それは捨てて了って、そ・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・もうよほど前からこの男は自己の思索にある節制を加えることを工夫している。神学者にでも言わせようものなら、「生産的静思」なんぞと云うだろう。そう云う態度に自身を置くことが出来るように、この男は修養しているのである。オオビュルナン先生はこんな風・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・という形容語を添えて、ことさらに重複せしめたるは、霜の白さを強く現さんとの工夫なり。その成功はともかくも、その著眼の高きことは争うべからず。 曙覧は擬古の歌も詠み、新様の歌も詠み、慷慨激烈の歌も詠み、和暢平遠の歌も詠み、家屋の内をも歌に・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・個の見識が出来るに従って自ら各の持前の特色が現われて来て、ようように字風が違って来ると同じ事に俳句でも或点まで一致した後は他人の真似をするという事よりも自己の特色を発揮するという事が主になって従てその句風が違って来るに違いない。古来の歴史を・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・「手に入れる工夫はないだろうか。」「ないわけでもないだろう。ただ僕たちのはヘロンのとは大きさも型も大分ちがうから拵え直さないと駄目だな。」「うん。それはそうさ。」 さて雲のみねは全くくずれ、あたりは藍色になりました。そこでベ・・・ 宮沢賢治 「蛙のゴム靴」
・・・しかも、その並びかたについて編輯者は、一つも所謂気の利いた工夫を加えていないらしい。粋とか、よい趣味とかいう人造香料をも加えていない。諸問題は、生のまま、いくらか火照った素肌の顔をそこに生真面目に並べている。 それが、却って、云うに云え・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
・・・今のうちは箱を開けてから一月も保存しなくてはならないのだから、工夫を要すると云っている。 石田は葉巻に火を附けて、さも愉快げに、一吸吸って、例の手習机に向った。北向の表庭は、百日紅の疎な葉越に、日が一ぱいにさして、夾竹桃にはもうところど・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・作家生活をしているうえは、その生活から自然に物事を眺めるようになってくるので、ここから絶えず抜け出る工夫は躍起となってしているにもかかわらず、それが手っ取り早く出来るものではない。 私小説はそれを克服して後始めて本格小説となるという河上・・・ 横光利一 「作家の生活」
出典:青空文庫