・・・ましてナイフを落した時には途方に暮れるよりほかはなかった。けれども晩餐は幸いにも徐ろに最後に近づいて行った。たね子は皿の上のサラドを見た時、「サラドのついたものの出て来た時には食事もおしまいになったと思え」と云う夫の言葉を思い出した。しかし・・・ 芥川竜之介 「たね子の憂鬱」
・・・「日は暮れるし、腹は減るし、その上もうどこへ行っても、泊めてくれる所はなさそうだし――こんな思いをして生きている位なら、一そ川へでも身を投げて、死んでしまった方がましかも知れない」 杜子春はひとりさっきから、こんな取りとめもないこと・・・ 芥川竜之介 「杜子春」
・・・行って、じっと立って、奥の方の暗い棚ん中で、コトコトと音をさしているその鳥まで見覚えたけれど、翼の生えた姉さんは居ないので、ぼんやりして、ぼッとして、ほんとうに少し馬鹿になったような気がしいしい、日が暮れると帰り帰りした。で、とても鳥屋には・・・ 泉鏡花 「化鳥」
・・・午後三時を過ぎて秋の日は暮れるに間もあるまいに、停車場の道には向わないで、かえって十二社の方へ靴の尖を廻らして、衝と杖を突出した。 しかもこの人は牛込南町辺に住居する法官である。去年まず検事補に叙せられたのが、今年になって夏のはじめ、新・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・きのうもゆう方、君が来て呉れるというハガキを見てから、それをほところに入れたまま、ぶらぶら営所の近所まで散歩して見たんやけど、琵琶湖のふちを歩いとる方がどれほど愉快か知れん。あの狭い練兵場で、毎日、毎日、朝から晩まで、立てとか、すわれとか、・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・昼間はとても出ることが出来なかった、日が暮れるのを待ったんやけど、敵は始終光弾を発射して味方の挙動を探るんで、矢ッ張り出られんのは同じこと。」「鳥渡聴くが、光弾の破裂した時はどんなものだ?」「三四尺の火尾を曳いて弓形に登り、わが散兵・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・ そのまたあくる日も、日が暮れるまで待っていたが、来なかった。もうお座敷に行ったろうからだめだと、――そして、井筒屋ははやらないが、井筒屋の独り芸者は外へ出てはやりッ子なんだから――あきらめて、書見でもしようと、半分以上は読み終ってある・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・最も善意に解釈して呉れる人さえが打つ飲む買うの三道楽と同列に見て、我々文学に親む青年は、『文学も好いが先ず一本立ちに飯が喰えるようになってからの道楽だ』と意見されたものだ。夫が今日では大学でも純粋文学を教授し、文部省には文芸審査委員が出来て・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・毎日同じようなことをして、朝になるとはね起きて、働き、食い、そして日が暮れると眠ることにも飽きてしまいました。 みんなは、仲よく暮らすことを希望していましたけれど、どうしても、このことばかりはできなかったというのは、ある人がたくさん金が・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
・・・ すみれは、毎朝、太陽が上るころから、日の暮れるころまで、そのいい小鳥のなき声をききました。「どんな鳥だろうか、どうか見たいものだ。」と、すみれは思いました。 けれど、すみれは、ついにその鳥の姿を見ずして、いつしか散る日がきたの・・・ 小川未明 「いろいろな花」
出典:青空文庫